第2話:革命のプロトタイプ(中編)
「佐藤会長、交渉成立ね。でも、まずはこの『物理的な問題』をどうにかしてくれないかしら?」
怜奈が顎で示した先――窓の外では、さらに二台の大型SUVが到着し、総勢十名近い屈強な男たちが車から降りていた。彼らは警察でも自衛隊でもない。海外の民間軍事会社(PMC)が雇った、如月重工の技術を力ずくで奪いに来た工作員たちだ。
男たちは手に、日本ではお目にかかれないはずのタクティカル・サブマシンガンを携えていた。
「山崎、動ける?」
「……はい、お嬢様。なぜか体が驚くほど軽いです。……これなら全員相手取れる」
護衛の山崎が銃を構えようとしたが、和也はその肩を制した。
「いや、無駄な弾は使わなくていい。……エリス、あんまり派手なのは困るが、彼らに『お引き取り』願えるか?」
『マスター、承知しました。せっかくですから、彼らが信奉する「物理法則」の限界を教えてあげましょう。……非殺傷迎撃システム:指向性重力干渉を起動します』
和也のスマホから、不可視の波動が放たれた。
「……ッ!? なんだ、体が……!」
「重い……クソ、地面に吸い付くようだ……!」
アパートの敷地に踏み込もうとした男たちが、一斉にその場に崩れ落ちた。
まるで、彼らの背中にだけ巨大な象が乗ったかのような、圧倒的な重圧。エリスは局所的に重力定数を操作し、彼らの周囲だけを地球の「十倍」の重力下に置いたのだ。
男たちは指一本動かすことができず、アスファルトに顔を押し付けられ、呻き声を漏らすことしかできない。
「重力……制御? まさか、そんな……」
窓からその光景を見ていた怜奈の顔から、血の気が引いていた。
バッテリーの設計図までは、まだ「天才の閃き」で理解できた。だが、目の前の現象はもはや魔法の領域だ。
「安心してください、如月さん。彼らはただ、少しだけ人より重い朝を迎えているだけです。……エリス、ついでに彼らの記憶媒体と、本拠地のサーバーに『挨拶』をしておけ」
『完了済みです。彼らの持っていたデバイスはすべて過電流で焼却。ついでに、彼らの雇用主である『アトラス・セキュリティ』のメインサーバーに、可愛いウイルス(私の幼少期のログの一部)を放り込んでおきました。今頃、彼らの本社の全システムは私の肖像画を表示してフリーズしているはずです』
エリスがホログラムの中で、スカートの裾を掴んで優雅に一礼する。
「これで、しばらくは邪魔が入らない。如月さん、今のうちにあなたの本社へ向かいましょう。……もちろん、俺の『新しい足』でね」
「新しい足……? あんなボロボロの車で?」
怜奈がアパートの駐車場に停めてある、和也の使い古された国産コンパクトカーを指差す。
「いや、見た目はそのままですが、中身はエリスがちょっと『最適化』しまして」
和也がリモコンキーを押すと、コンパクトカーが電子音を鳴らした。
外見こそ中古の量産車だが、その内部にはすでにエリスによるナノマシンの再構成が施されていた。ガソリンエンジンは超小型の核融合炉に置換され、タイヤは重力制御による擬似浮遊機能を備えている。
「乗りましょう。如月重工の本社がある東京まで、……まあ、十五分もあれば着きますよ」
「……札幌から東京まで、十五分? 飛行機だって一時間はかかるのに……」
「エリスの辞書に『不可能』という文字はないみたいですから」
和也が運転席に座り、アクセル――を模したエネルギー出力レバーを軽く踏み込む。
瞬間、コンパクトカーは重力から解き放たれ、空気を切り裂くような轟音もなく、垂直に上昇を開始した。
「きゃっ!?」
「うおおっ!? 空を、飛んでいるのか……!?」
驚愕する怜奈と山崎を乗せ、和也の車は雲を突き抜け、成層圏へと向かって加速する。
下界には、まだ眠りの中にいる日本列島が広がっていた。
『マスター。如月重工の本社周辺に、不穏な動きを確認。どうやら役員会が、如月社長の「行方不明」を理由に解任決議を強行しようとしていますね』
「……上等だ。派手な登場で、全員黙らせてやろうぜ」
和也の不敵な笑みと共に、空飛ぶコンパクトカーは音速の壁を超え、一路、東京の空へと消えていった。




