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第2話:革命のプロトタイプ(前編)

如月怜奈を自分のボロアパートに連れ込んでから、わずか三時間。

 和也の部屋は、およそ二十代独身男性の住処とは思えない、異様な緊張感に包まれていた。


「……信じられない。傷が、完全に消えている?」


ソファーに横たわっていた怜奈の護衛、山崎が驚愕の声を上げた。

 数分前まで、彼の脇腹には銃弾がかすめた深い裂傷があったはずだ。しかし、和也がエリスに指示してナノマシンの霧(スプレーに偽装したもの)を吹きかけた結果、そこには古傷一つ残っていない滑らかな肌が戻っていた。


「驚くのはまだ早いですよ。……それより如月社長、お飲み物は? インスタントのコーヒーしかありませんが」


和也がキッチンから声をかけると、怜奈は窓の外、いまだにアパートの手前で「見えない壁」に阻まれて立ち往生している追っ手の車を凝視したまま、振り返った。


「コーヒーなんてどうでもいいわ。……貴方、いえ、和也さん。今、この外で起きていることは何? 私の護衛に何をしたの? そして……その手に持っている端末は、一体どこの国の技術なの?」


彼女の問いは鋭い。ビジネス界の最前線で戦ってきた彼女にとって、目の前の光景は「奇跡」ではなく「未知の軍事技術」にしか見えないのだろう。


『マスター。彼女、かなり動揺していますが、心拍数は安定していますね。非常に良質な個体です。情報の開示レベルはどうしますか?』


脳内でエリスが問いかけてくる。


(……全部話す必要はない。ただ、「利用価値がある」と思わせる程度には見せないとな)


和也はコーヒーを怜奈の前のテーブルに置き、自分も向かい側に座った。


「どこの国の技術でもありません。俺が、個人的に開発したものです。……信じるかどうかはお任せしますが、今の如月重工が抱えている『不渡り寸前の負債』と『次世代エネルギー開発の失敗』、それを解決できる唯一の手段がここにあります」


怜奈の眉がピクリと動いた。

 如月重工の経営危機は、極秘事項のはずだ。それを初対面のエンジニアが言い当てた。


「……調査済みというわけね。いいわ、交渉のテーブルには着いてあげる。でも、口先だけの再建案なら、今すぐこの家を出てあの大男たちに捕まった方がマシよ」


「口先かどうか、今すぐ証明します」


和也はポケットから、エリスが改造した例のスマートフォンを取り出した。


「エリス、ホログラム出力。如月重工が開発に失敗した『高密度ソリッドステート電池』の構造欠陥を解析して、修正案を提示してくれ」


了解イエス、マスター。対象のサーバーから設計図を奪取済み。……解析完了。この設計、原子配列がデタラメですね。三秒で修正案を作成しました』


和也のスマホから、青白い光が放たれ、リビングの中央に巨大な3Dモデルが浮かび上がった。

 それは、如月重工が数千億円を投じても完成させられなかった、次世代バッテリーの完成形だった。


「これは……!?」


怜奈は思わず立ち上がり、ホログラムに手を伸ばした。

 彼女自身も工学の学位を持つ。一目見ればわかる。この構造、この分子結合のパターンであれば、現在の理論限界を十倍以上超えるエネルギー密度を実現できる。


「この設計図を、貴方の工場のラインに合わせて最適化しました。これを使えば、電気自動車(EV)は一度の充電で三千キロ走り、スマートフォンの充電は一年に一度で済むようになる。……どうです? これが『商品』になった時、如月重工の株価はどうなると思いますか?」


「……世界が変わるわ。アラブの産油国から、シリコンバレーの巨大IT企業まで、すべてが私たちの顔色を伺うことになる」


怜奈の瞳に、絶望ではなく、野心という名の炎が灯った。

 彼女は和也をじっと見つめ、その華奢な右手を差し出した。


「いいわ。和也さん。……いえ、佐藤会長。如月重工は、今日から貴方の『工場』になる。その代わり、私を世界の頂点まで連れて行って。いいわね?」


「ああ。……日本が失った三十年を、これから一ヶ月で取り戻そう」


二人の手が固く握られた。

 だが、その様子を画面の端で見守っていたエリスが、不敵に笑う。


『マスター、交渉成立ですね。ですが、お忘れなく。この程度の技術は、私のデータベースにある「おもちゃ」の一つに過ぎません。……さて、まずはこのボロアパートを包囲しているゴミ掃除から始めましょうか?』

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