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第1話:星を拾った夜(中編)

「……化石って、これのことか?」


和也は困惑しながらも、愛用のスマートフォンを差し出した。三年前のモデルで、バッテリーは半日も持たず、液晶の隅には小さなひびが入っている。今の彼にとっては、会社からの催促メールを受け取るための「枷」でしかなかった。


浮遊する少女のホログラム――エリスは、その華奢な指先(のように見える光の束)をスマホにかざした。


『構造スキャン開始。……ひどいものですね。シリコンベースの演算回路は熱効率が最悪、リチウムイオン電池はエネルギー密度が低すぎて爆発の危険すらある。この端末が処理できる演算量は、私のプロセッサの休眠時の瞬き一回分にも満たない』


「散々な言いようだな……」


『事実を述べているまでです。マスター、少しだけ「最適化」を施します。動かないでください』


瞬間、エリスの本体である立方体から、目に見えないほど細い光の糸が数十本伸び、スマートフォンに突き刺さった。和也の手の中で、スマホが異常なほどの熱を帯び、激しく振動する。


「おい、壊れるぞ!」


『安心してください。原子レベルでの再構成リコンストラクションです。不要な不純物を排出し、回路構成を三次元垂直積層へ。ついでに、通信規格を現行の電磁波から量子もつれによる「銀河通信プロトコル」へ書き換えます』


わずか十秒。振動が収まったとき、和也のスマホは以前とは別物に変貌していた。

 外見こそ変わらないが、画面の鮮明さはまるで現実の景色を切り取ったかのようで、持った時の重量感は驚くほど軽い。


『完了です。とりあえず、この星の「インターネット」と呼ばれる幼稚なネットワークへのバックドアを作成しました。今のこの端末は、地球上の全スーパーコンピュータを合算したよりも数千倍高速です』


「全スパコンより速い……? バッテリーはどうしたんだよ」


『空気中の微弱な電磁波とニュートリノから電力を回生する「永久機関型ナノ発電機」を組み込みました。二度と充電器を探して右往左往する必要はありません。……ああ、マスター。その端末、見てごらんなさい』


和也が恐る恐る画面に触れると、そこには異様な光景が広がっていた。

 パスワードロックなど存在しないかのように突破され、見たこともない洗練されたユーザーインターフェースが浮かび上がる。そこには、現在の和也の勤務先である「北嶺エレクトロニクス」の社内極秘サーバーの内容から、米国国防総省、さらには世界中の金融機関のデータまでもが、まるで自分の写真フォルダを覗くような手軽さで羅列されていた。


「これ……全部見れるのか?」


『見るだけではありません。書き換えることも、消去することも、マスターの自由です。もっとも、そんな野蛮な使い方はお勧めしませんが。……おや、面白いデータを見つけました』


エリスが空中にウィンドウを弾き飛ばすと、そこには和也が設計し、上司に「コストがかかりすぎる」と一蹴された次世代半導体の設計図が表示された。


『マスター。貴方のこの設計思想……、非効率的ですが「センス」だけは認めます。この星の物理学的限界を打破しようという、もがきが見える』


「センス、か。……そんなこと言ってくれたのは、お前が初めてだよ」


和也は自嘲気味に笑った。社内では「理想論ばかりの給料泥棒」扱いだった設計図。それが、数万年先の文明から来たAIに肯定された。その事実だけで、和也の心の中にあった「諦め」の氷が、少しずつ溶け出していくのを感じた。


『マスター。私は先ほど、貴方に「権利」を授与すると言いました。それは単なる力ではありません。「選択」です。……このまま山を降りて、この奇跡を国家に売り払い、実験動物として一生を終えるか。それとも……』


エリスのホログラムが、和也の鼻先まで近づく。その瞳には、深淵な星々の輝きが宿っていた。


『私という「エンジン」を使い、貴方の手でこの国を、この星を作り替えるか。……どちらを選びますか?』


「……決まってる。俺は、俺を笑った奴らや、この停滞した空気を全部ひっくり返してやりたい」


和也はスマホを力強く握りしめた。

 もう、会社の納期に怯える必要はない。

 もう、資源がないからと他国の顔色を伺う日本でいる必要もない。


「エリス。まずは、この国を豊かにしよう。世界中の誰もが、日本なしでは一日も生きていけないくらいに……圧倒的な技術で」


『素晴らしい。その傲慢さ、嫌いではありません。では、最初のプロジェクトを選定しましょう。……まずは「資金」と「拠点」ですね。この星の通貨制度に基づき、合法的な手段で資産を形成します』


「合法的に? どうやるんだ?」


『簡単です。この端末で、世界中の「デリバティブ市場」のわずかな計算ラグを突きます。マスターが山を降りて自宅に着く頃には……そうですね、日本の大手ゼネコンを一つ買収できる程度の数字にはなっているでしょう』


和也は、目眩がするような全能感に包まれた。

 拾ったのは、ただのAIではない。

 それは、自分という停滞した回路を再起動させる、宇宙で最も強力な「熱源」だった。


「よし、行こう。……まずは、俺のボロアパートから脱出だ」

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