第4話:不落の島、エネルギー革命(前編)
和也が如月重工の会長に就任して一週間。
日本の、そして世界のパワーバランスは、たった一人の男の手によって崩壊しようとしていた。
「……佐藤会長、本気なの? これを本当に、公表するつもり?」
如月重工本社、和也専用の執務室。怜奈が震える手で持っているのは、一枚の薄い試作チップだった。
見た目はただのシリコン板だが、その内部にはエリスの指導のもと、ナノ単位で構築された「常温核融合炉」が組み込まれている。
「ああ。燃料は海水から取り出せる重水素。これ一個で、一般的な家庭の電力を百年間、ほぼ無償で賄える」
「無償……。そんなことをしたら、電力会社も、石油を売っている国も、全部敵に回すことになるわよ」
怜奈の懸念は正しい。エネルギーの独占は、世界の覇権そのものだ。それを「無料化」するなど、既存の秩序に対する宣戦布告に他ならない。
「だからこそ、先に『盾』を完成させた。……凪さん、状況は?」
部屋の隅に、彫像のように立っていた東條凪が短く答える。
「……現在、如月重工本社ビルを中心に、半径五百メートルを『特殊防衛区画』として封鎖完了。防衛省、および警察庁の一部部隊を私の直轄として配置しました。……ですが、外圧は限界に近い。米・中の大使館から、会長との『緊急会談』の要請が、一分間に十回以上のペースで届いています」
「よし、全部無視だ。……結衣、準備はいいか?」
部屋のソファで、猫耳ヘッドフォンをつけたまま三台のノートPCを同時に操作していた結衣が、不敵な笑みを浮かべる。
「おっけー。日本の全電力網、スマートメーター、それから各家庭のWi-Fiルーターまで、全部『エリス・ゲート』で繋いだよ。和也くんがスイッチを押した瞬間、日本中の電気料金メーターが逆回転を始めるから。あは、これ、歴史に残るイタズラだね!」
和也はゆっくりと、執務室の窓から東京の街並みを見下ろした。
まだ誰も知らない。今日、この日から、日本が「エネルギーという呪縛」から解き放たれることを。
「エリス。プロトコル『プロメテウス』を起動。……世界を照らしてやれ」
『了解、マスター。銀河標準エネルギー・ネットワーク、展開。地球の幼稚な送電ロスをゼロに固定します。……さあ、文明の夜明けですよ』
和也がスマホの画面をスワイプした瞬間。
日本中の発電所が、一斉にその役割を終えた。
だが、停電は起きない。それどころか、全国の家庭、工場、商業施設の照明が、これまで見たこともないほど澄んだ輝きを放ち始めたのだ。
テレビ、SNS、ラジオ。あらゆる媒体が、同時にこの「奇跡」を報じ始める。
『緊急速報です! 現在、日本全土で電力の供給源が不明なエネルギーに切り替わりました。政府の発表によれば、これは如月重工による「常温核融合技術」の無償提供とのこと――!』
「……始まったな」
和也が呟いた直後、執務室の直通電話が鳴り響いた。
それは、日本の内閣総理大臣からでも、アメリカ大統領からでもない。
エリスが解析した、この星で最も「触れてはいけない」場所からの通信だった。
『マスター。欧州の古い情報ネットワークから、暗号通信です。……四人目のヒロイン候補、アリス・ブランシュ。彼女が、ビルのロビーまで来ているようです』
「アリス……?」
和也の前に、新たな「世界の使者」が姿を現そうとしていた。




