第5話 消えた依頼と、残された違和感
翌朝。
この街は、いつもと変わらない朝を迎えていた。
行商人の呼び声。
パンの焼ける匂い。
子どもたちの笑い声。
――少なくとも、表向きは。
「なあラウル」
市場を歩きながら、リオが低い声で言った。
「昨日言ってた“人が消える噂”、覚えてるか?」
「忘れるほど軽い話じゃない」
「だよな」
リオは周囲を見回し、露店の影に視線を走らせる。
「今朝、また一人消えた」
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「誰だ?」
「雑用屋だよ。
街の小さな依頼を何でも受けてた男だ」
ラウルは足を止めた。
「依頼を?」
「ああ。
昨日の夕方、“荷物の運搬”を請け負って、そのまま戻ってない」
『失踪時刻、発生頻度、条件の一致を確認』
(偶然じゃない、か)
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二人は、雑用屋の簡素な作業場へ向かった。
扉は開いたまま。
中は荒らされた様子もなく、ただ――妙に静かだった。
「争った形跡はないな」
「だから余計に気持ち悪い」
リオは棚に残された紙束を手に取る。
「これ、依頼書だ」
ラウルも覗き込む。
内容は単純だった。
“指定された倉庫へ荷物を運ぶ”。
だが、依頼主の名がない。
「匿名?」
「普通はない。
少なくとも、まともな依頼じゃない」
『情報欠損を確認。意図的な秘匿の可能性が高いです』
(やっぱりな)
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そのとき。
ラウルは、微かな違和感を覚えた。
空気が、ほんの一瞬だけ冷えた気がした。
「……リオ」
「ん?」
「この依頼、まだ終わってない気がする」
リオは一瞬だけ目を細め、すぐに笑った。
「勘がいいな。
実は俺もそう思ってた」
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「どうする?」
「決まってるだろ」
リオは依頼書を畳み、ポケットに入れる。
「俺たちは情報屋と便利屋。
放っておいたら、次は知り合いだ」
『関与リスクは上昇します』
(でも、無関係ではいられない)
ラウルは小さく息を吐いた。
「……深追いはしない」
「それでいい」
リオは頷く。
「危なくなったら、引く。
それが大人のやり方だ」
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街の片隅で、誰かが二人を見ていた。
気配はない。
視線だけが、確かにそこにあった。
『監視の可能性を検出』
(もう、始まってるな)
噂は、ついに“事件”へと姿を変え始めていた。
そしてラウルはまだ知らない。
この小さな依頼が、
やがて王国を揺るがす流れの一部になることを。




