第4話 噂が噂でなくなる前に
夕暮れのバレスティア王国辺境。
昼の喧騒が嘘のように引いていき、通りには長い影が落ちていた。
露店の片付けを急ぐ商人。
足早に家路につく人々。
どこか、落ち着きのない空気が街全体に漂っている。
「最近、夜になるのが早い気がしないか?」
並んで歩きながら、リオが何気なく言った。
「季節のせいじゃないのか」
「そういうことにしておきたいね」
『体感時間と心理的不安は相関します』
(……余計な分析だな)
ラウルは心の中でそう返す。
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通りを一本外れた瞬間、空気が変わった。
音が減る。
人の気配が薄れる。
ラウルが口を開こうとした、その前に。
「……今日はここまでにしよう」
リオが足を止めた。
「何かあったか?」
「理由は説明しづらい。でも――」
リオは周囲を一瞥し、静かに続ける。
「この手の違和感は、放っておくと面倒になる」
『危険兆候と一致します』
(だろうな)
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路地の奥。
風に混じって、かすかな足音がした気がした。
ラウルは自然と前に出ようとする。
だが、リオが半歩前に出てそれを制した。
「無茶する場面じゃない。
こういうのは、生き延びたやつの勝ちだ」
冗談めいた口調。
だが、その背中には迷いがなかった。
「……分かった」
ラウルは一歩引いた。
『合理的判断です』
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少し離れた通りに出てから、リオはようやく肩の力を抜いた。
「最近、この辺境で人が消えてる」
「噂になってるな」
「噂だから厄介なんだよ。
本当になるまでは、誰も本気にしない」
リオは自嘲気味に笑う。
「調べすぎたやつから、消える」
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沈黙が落ちる。
ラウルは街の灯りを見つめながら、ぽつりと聞いた。
「それでも、ここにいるんだな」
「まあね」
リオは肩をすくめた。
「嫌いじゃないんだ、この街。
だから、消える気はない」
軽い言葉。
だが、目は冗談を言っていなかった。
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その頃。
王国のどこか、名も知らぬ場所で。
「……動き始めたか」
低い声が、闇に溶ける。
それだけで十分だった。
『警戒レベルを引き上げます』
(噂は、いつも静かに牙をむく)
ラウルは夜空を見上げた。
嵐の前の静けさが、
確かにそこにあった。




