第3話 情報屋の噂話は、だいたい厄介だ
市場の喧騒から少し離れた裏通り。
昼間から開いている安酒場で、ラウルは木の椅子に腰を下ろしていた。
「いやぁ、本当に助かったよ!」
向かいの席で、リオがやけに上機嫌に笑っている。
「命の恩人だよ? これはもう奢るしかないでしょ」
「それ、さっきも聞いた」
「大事なことだから!」
『過剰な感謝は、後ろめたさの裏返しである場合があります』
(……なあノート、今それ言う?)
ラウルは内心でだけ、ため息をついた。
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「で?」
木杯に注がれた**薄い果実酒**を一口含んでから、ラウルは切り出す。
ほとんど甘い水のような味だ。
「なんで追われてた」
「聞いちゃう?」
「聞かないと落ち着かない」
リオは一瞬だけ視線を逸らし、それから肩をすくめた。
「噂話だよ。
情報屋が大好きなやつ」
『噂は事実より先に広がります』
(……だろうな)
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リオは声を落とした。
「最近さ、この辺境で人が消えてる」
「行方不明?」
「そう。商人、傭兵、旅人。共通点はなし」
ラウルは眉をひそめる。
「魔族の仕業とか?」
「そういう話もある。でも証拠はゼロ」
『情報の断片性が高すぎます』
(だよな)
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「それで、騎士団の動きが妙に鈍い」
「鈍い?」
「普通なら、もっと表に出てくる。
なのに静かすぎる」
酒場のざわめきが、少し遠くに感じられた。
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「それで、調べすぎた?」
「正解!」
リオは即答した。
「で、追われたと」
「うん。
まだ確信はないけどね」
『不確定要素が多いにも関わらず、危険度は上昇しています』
(関わらないのが正解、か)
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「……でもさ」
リオがぽつりと言う。
「この街、嫌いじゃないんだ。
だから、消えたくない」
軽い口調とは裏腹に、目は真剣だった。
ラウルは杯を置く。
「じゃあ、しばらく一緒に動くか」
「え?」
「完全に巻き込まれる前に、距離を測る」
『合理的判断です』
ラウルは小さく頷いた。
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「……なんで俺、ちょっと安心してるんだろ」
リオは苦笑する。
「魔法使ってないのに強いし、
たまに独り言多いし」
「余計なお世話だ」
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同じ頃――
バレスティア王国、城下から遠く離れた場所。
重厚な石壁に囲まれた一室で、誰かが低く呟いた。
「……情報が漏れているな」
机に広げられた書類を指先で叩き、名も知らぬ男は口元を歪める。
その一言だけで、部屋の空気は冷え切った。
そして――
『警戒を推奨します』
それは、ラウルの意識の奥にだけ響く声だった。
安酒場の椅子に座ったまま、ラウルは小さく肩をすくめる。
(噂話は、だいたい面倒だな)
こうして噂は、
まだ“噂”のまま、
確実にラウルたちの足元へと近づいていた




