第9話 静かな街ほど、よく見ている
夜。
辺境の街は、昼間よりもずっと大人しい。
灯りの数が減るにつれ、人の気配も薄れていく。
だが――だからこそ、隠し事は目立つ。
「……やっぱり動いてるな」
屋根の上から街を見下ろし、リオが低く言った。
「倉庫街の件、もう噂になってる」
「早いな」
「早すぎる。
“何があったか”は伏せられてるのに、
“何かあった”だけが広がってる」
ラウルは無言で頷いた。
『情報の操作痕跡を確認』
(誰が?)
『複数です。
ただし、指示系統は一本化されています』
(……上がいる)
一方、その頃。
街の中央区、石造りの建物の奥。
「倉庫街で術式が破壊された?」
鎧を着た男が、机を指で叩いた。
「はい。
拘束用の影式が、完全に無力化されたと」
「ありえない」
男は即座に言い切った。
「あれは“逃げ場を潰す”ためのものだ。
解除される前提で組んでいない」
「ですが――」
「……使ったのは誰だ」
報告役の騎士は、言い淀んだ。
「正体不明です。
ただ、同行者に“情報屋の男”がいたとの噂が」
男は目を細める。
「リオ、か」
そして、静かに息を吐いた。
「面倒な駒と、
さらに面倒な“何か”を拾ったな」
再び、街の外れ。
「なあ、ラウル」
リオが珍しく真面目な声を出す。
「俺さ、
ここまでヤバい匂いがする案件は久しぶりだ」
「降りるなら今だ」
「……言うと思った」
リオは苦笑した。
「でもな。
降りるとしたら、
“何が起きてるか分かってから”にする」
『非合理ですが、理解可能です』
(お前までリオ側につくな)
『感情的判断は、時に正解を導きます』
(便利なこと言うな)
そのとき。
街灯の影から、ひとりの人物が姿を現した。
フードを深く被り、歩き方は静か。
だが、視線だけは鋭い。
「……二人とも」
落ち着いた、女性の声。
リオが反射的に構える。
「誰だ」
「名乗るほどでもないわ」
女は一瞬、ラウルを見る。
その視線が――
一瞬だけ、妙に確信めいていた。
「忠告しに来ただけ」
「忠告?」
「倉庫街の件。
次は“試し”じゃ済まない」
『新規人物、危険度測定中』
(どうだ)
『不明。
ですが――敵意は低い』
女は踵を返す。
「この街は、
もう“静かに終わる段階”を過ぎた」
そして、最後に一言。
「巻き込まれたくないなら、
夜に動かないことね」
そう言って、闇に溶けた。
沈黙。
「……今の」
「知り合いか?」
「知らねえ。
でも――」
リオは唇を歪める。
「俺たちのこと、
“知ってる目”だった」
『重要人物の可能性、高』
(ああ)
ラウルは、夜空を見上げた。
星は変わらず、静かに瞬いている。
だが――
街の裏側では、確実に歯車が回り始めていた。
そしてその中心に、
自分たちがいることだけは、
もう否定できなかった。




