54.私の正体は悪女です。(ハンス視点)
「エレノア、出会った時から、ずっとあなたが好きでした。これからもあなたを想い続けることをお許しください。兄上に酷いことをされたら、いつでも僕の元に来てくださいね」
俺が呆然としていたら、突然現れたプラチナブロンドに海色の瞳をしたフィリップが現れた。
つくづく彼は姿も美しいが、声も聞き惚れるほどに美しいと思った。
この2年、彼は謙虚な自分を封印するかのように、エレノアにアピールしてきた。
♢♢♢
「人前でエレノアと接触するのは控えた方が良いと思いますよ。俺が周りにバレないように2人きりになる機会を作りますから」
俺は兄の婚約者相手になりふり構わず、アピールしていた彼を心配して彼に言ったことがあった。
「僕は、エレノアを諦めきれません。彼女に僕と帝国の首都で一緒になるという未来を想像して欲しいと思っています。兄上のような人間には絶対に彼女は渡せません」
フィリップに決意をしたような言葉を返されて、何も言えなくなったのを覚えている。
確かに女遊びの激しい自己中心的な嫌な男に、自分の愛する人は預けたくないよなと俺は思い直したものだ。
「私がフィリップ王子を呼んでしまっているの⋯⋯」
エレノアは彼が自分の元を訪れて、口説いてきた後そう呟いたことがあった。
俺が見る限り、彼女は彼を避けていて彼を呼んでいるようには見えなかった。
実は使いを彼のところにやって、「私を口説いてきなさいな」とでも伝令を送っていたのだろうか。
その結果、彼の兄であるレイモンド・サムを選んでいるとしたら、とんでもない悪女だ。
王位を失っても優雅で美しくフィリップは王子にしか見えない。
17歳の素敵な王子様の姿になった彼に思わず見惚れてしまう。
フィリップにはサム国が帝国領になると、真っ先に帝国から中央の要職について欲しいと要望があった。
実は高倍率の試験に夢見る人間は知らないだろうが、帝国の要職になるのはあちらからスカウトが来るという裏ルートが存在した。
成人した18歳の帝国民という受験資格も無視して、未成年なのにスカウトが来たフィリップは帝国が喉から手が出るほど欲しい人材なのだろう。
彼は1年間はサム領で領主レイモンド・サムのサポートをすると言って、皇帝陛下直々の申し出を断る超クールな男だ。
彼は17歳の自分が要職についていたら、周りの民が裏ルートの存在に気がついて傷つくと思ったのだろう。
それに性格に問題がある兄と結婚するエレノアのことが心配で、1年は側にいたいと考えたのかもしれない。
♢♢♢
「フィリップ様、そのようなことを言って頂けるのなんて光栄でございます。しかし、私の正体は悪女であり、あなたのような完璧な方に想われるような女ではございません。それと、私には帝国の貴族令嬢があなたに夢中になる未来が見えています。どうか女性にはくれぐれもお気をつけください。どれだけ優秀な方でも女性によって身を滅ぼすことがあります」
エレノアがフィリップに言った言葉に俺は驚愕した。
俺の予想通り、彼女は自分を口説いてくるよう伝令を彼に送り散々彼の気持ちを弄んだ上に捨てたということだろうか。
俺の知っているエレノアは思いやりがあって、自分よりも相手の気持ちを優先する優しさを持ち合わせた子だ。
姉上に誘拐され、殺されかけた時だって傷ついているはずなのに、姉上の心の傷の心配ばかりしていた。
「エレノア、お前、たくさんの顔を持っている女なのか?」
俺は絞り出すように、恐る恐る彼女に尋ねた。
「多くの顔を使い分けて生きることは当然のことだわ。ハンス、あなたもヤンチャで憎めない不躾な公子の顔以外を持った方が良いわよ。帝国貴族はここに比べて、人を見る目が厳しいの。立ち居振る舞いを見ただけで人の程度を判断し、あなたの優しさや素敵な中身を見てくれようとする人はまずいないわ。帝国の首都に行く際には、必ず帝国用の自分を作っていくことをアドバイスしとくわ」
俺はエレノアの言葉に、彼女が到底自分の手に負える女ではなかったことを認識した。
守ってやりたくなるような雰囲気も、救ってあげたくなるような絶望顔も見知らぬ土地で生き抜くため彼女が作り出した顔だったのだろうか。
俺は帝国生まれの女が恐ろしくなった。
「フィリップ・サム。俺の命をかけて、あなたのことを一生お守りするとここに誓わせてください」
俺は気が付くと大好きなフィリップの前に跪き、頭を垂れて騎士の誓いをたてていた。
エレノアとは違い、俺は正規の騎士でこの誓いは本物だ。
帝国の恐ろしい女達にこの心清らかで誰よりも美しい彼を弄ばれるわけにはいかない。
「ハンス、立ち上がってくれますか? 僕はあなたと出会うまで自分の立場で友人など一生できないと悲観していました。でも、屈託なく語りかけてくるあなたには心を開けました。誰より優しく、人を思いやれるあなたは僕の憧れであり僕の唯一の友人なのですよ」
彼は俺を立ち上がらせようと屈んで両肩に手をかけてきた。
顔を上げると世界一美しい海色の瞳を持った彼が優しく微笑んでいて、俺はこれ以上にないときめきを感じた。
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