水曜日
水曜日は週の真ん中だ。折り返し地点。
妹の朝の動きが遅い。シャワーの時間が三分長い。疲れているのだろう。
彼女の表情を見たい。でも、見られない。俺が起きるのは午前十一時だから。彼女はとっくに出勤している。
だから、音だけで推測する。足音の重さ。ドアを閉める音の強さ。そこから、彼女の疲労度を測る。
気持ち悪いだろうか。兄が妹をこんなに観察するのは。
でも、止められない。知りたいのだ。彼女が俺をどう思っているかを知るために、彼女の状態を知る必要がある。
彼女が疲れているなら、俺に対して優しくなる余裕がないかもしれない。彼女が元気なら、俺を説教するかもしれない。
そんなことを考えている。
午後、ハローワークの封筒を手に取る。
まだ開けていない。先週届いたものだ。期限は来週。
開けるべきか。
開けたら、何が起こる? 就職活動をしなければならなくなる。面接に行かなければならなくなる。そして、また、あの世界に戻らなければならなくなる。
誰の役に立っているか分からない労働。ただ時間を売るだけの労働。
それは、本当に労働なのか。
でも、金銭が発生する。それが労働の定義だ。社会ではそうなっている。
だから、俺は今、労働していない。
でも。
でも、俺は、何もしていないわけではない。
皿を洗っている。洗濯をしている。買い物をしている。親の介護保険の手続きをしている。田中さんの電球を替えている。見守りグループに報告している。
これらは、何なのか。
暇つぶしなのか。それとも。
封筒を、部屋の隅に戻す。見えるところに。忘れないように。でも、手に取らないように。
この矛盾した配置が、俺の心理状態を表している。
午後六時。夕食の準備をする。今日はパスタにしよう。妹の好きなトマトソース。
誰かのために料理を作る。これは、何だろう。
愛情? 義務? それとも、ただの暇つぶし?
分からない。
でも、作る。




