月曜日
月曜の朝、いや、俺にとっては朝だが、世界は既に四時間分動いている。
午前十一時。俺が起きる。壁の時計は止まっている。三週間前から。電池が切れたのだろう。替えに行くのが面倒で、そのままにしている。永遠の十一時を指している時計。皮肉だ。俺の人生そのものだ。時間が止まっている。
カーテンは閉めたままだ。外の光が、隙間から漏れている。灰色の光。今日が晴れているのか曇っているのか、分からない。分かる必要もない。外に出る予定はないから。
コーヒーを淹れる。インスタントだが、これだけは譲れない。コーヒーのない朝(昼)は、朝(昼)ではない。
PCを開く。メールチェック。親からの「元気にしているか」という定型文。週に一度、月曜の朝に送られてくる。俺は既読をつけるが、返信はしない。
何と返せばいい? 元気だよ、無職だけど?
既読がついた時点で、俺が生きていることは伝わる。それで十分だ。俺はそう思っている。でも、親はどう思っているのだろう。息子が返信しないことを、どう解釈しているのだろう。
心配しているのか。諦めているのか。怒っているのか。
分からない。聞けない。聞くのが怖い。
ニュースサイトを見る。政治、経済、芸能。世界は今日も回っている。俺がいなくても。いや、俺がいないことで、世界は少し軽くなったのかもしれない。一人分の重荷が減ったのだから。
自嘲的な思考。でも、否定できない。
昼食を作る。冷蔵庫の残り物で。野菜炒めと味噌汁と白米。栄養バランスは悪くない。一人暮らしの男にしては、まともな方だろう。
誰に褒められたいのか、俺は。
食べる。皿を洗う。これは俺の仕事だ。いつの間にか、そうなった。妹は朝の皿を流しに置いていく。俺が昼に洗う。分業。効率的だ。
でも、これは労働だろうか。
家事は労働なのか。報酬はない。義務もない。ただ、やらなければ皿が溜まるから、やっているだけだ。
洗濯機を回す。俺の服と妹の服。これも俺の仕事だ。昼間家にいるのは俺だけだから。
洗濯物を干す。ベランダに出る。外の空気。十一月の空気は冷たい。でも、新鮮だ。
誰かが俺を見ていないか、そう思ってしまう。近所の人が、窓から。「あの家の息子、昼間から何してるんだ」と思っているのではないか。
被害妄想だと分かっている。でも、思ってしまう。
数分で部屋に戻る。
スマホを見る。午後一時。妹の帰宅まで、あと八時間。
八時間。何をする?
何もしない。
それが、俺の答えだ。
でも、本当に何もしていないのだろうか。
皿を洗った。洗濯をした。昼食を作った。これらは「何か」ではないのか。
でも、これは労働ではない。だって、お金をもらっていないから。
そうだろうか。
いや、そうだ。労働とは、金銭を得る行為だ。そう社会では定義されている。
じゃあ、俺は、労働していない。
無職だ。
ニートだ。
価値のない人間だ。
そういうことになる。




