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序章

人は、見られていると思うとき、最も疲れる。


これは俺の持論ではない。どこかで読んだのか、誰かから聞いたのか、それとも俺が勝手に思いついたのか、もはや定かではない。でも、真実だと思う。確信を持って言える。なぜなら、俺は今、その疲労の真っ只中にいるからだ。


疲れている。何もしていないのに、疲れている。


これを怠惰と呼ぶ人もいるだろう。実際、社会的には、俺は怠惰な人間ということになっている。無職だから。ニートだから。働いていないから。


でも、疲れている。


働いていないのに疲れるというのは、論理的には矛盾している。労働が疲労を生むのなら、労働していない人間は疲れないはずだ。しかし現実には、俺は疲れている。朝起きた瞬間から、いや、正確には昼に起きた瞬間から、既に疲れている。


では、何に疲れているのか。


それが分からない。分からないから、余計に疲れる。疲労の原因が特定できない疲労は、最も治療が困難な疲労だ。どこかで読んだ。医学書だったか、ネットの記事だったか。


俺の一日は午前十一時から始まる。これを選択と呼ぶか、諦めと呼ぶか、それは見る人の立場によるだろう。俺は選択と呼びたい。でも、社会は諦めと呼ぶだろう。そして俺は、社会がそう呼ぶことを、過剰に気にしている。


気にしすぎている、という自覚がある。他人の視線。他人の評価。他人が自分をどう思っているか。それを気にしすぎて、俺はここまで来てしまった。


妹は違う。彼女は午前七時に起きる。彼女の一日は、俺より四時間早く始まる。四時間の差。これは単なる時間の差ではない。生き方の差だ。


妹は働いている。大手メーカーの営業部。給料も良い。社会的には成功している。少なくとも、俺よりは。


俺は無職だ。職歴は一応ある。三年間、システムエンジニアとして。でも、それはもう過去だ。


妹は、俺のことをどう思っているのだろう。


軽蔑しているのか。哀れんでいるのか。それとも、何とも思っていないのか。


分からない。彼女の表情を読もうとする。彼女の言葉の裏を探ろうとする。彼女の仕草から、彼女の本音を推測しようとする。


これが俺の癖だ。他人を観察する癖。それは、他人が俺をどう見ているかを知りたいからだ。自己防衛の本能。でも同時に、呪いでもある。


止められない。止めたくても、止められない。


だから俺は、今日も、妹の朝の音を追跡する。彼女の足音。シャワーの音。トーストを焼く音。コーヒーメーカーの音。


そして、ドアが閉まる音。


静寂。


俺だけの時間が始まる。


でも、この時間は、本当に俺だけのものなのだろうか。

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