第24話「森の国の夜明け」
王国軍が退いた翌朝、森は深い霧に包まれていた。
戦の痕跡はまだ生々しく残り、折れた槍や焼け焦げた木々が無惨に横たわっていた。
だが、森の奥からは新芽が芽吹き、鳥が歌い始めていた。
生命は、確かに息を吹き返していた。
広場に人々が集まった。
勝利の余韻に浸りつつも、不安を拭いきれない顔が並ぶ。
王都が再び兵を差し向ければ、森の国が滅ぶ可能性は残っている。
アルトは焚き火の前に立ち、皆の視線を受け止めた。
「俺たちは戦って、勝った。
だがそれで終わりじゃない。王都はまた力で屈服させようとするだろう。……だから、ここで決めるんだ。俺たちが何者なのかを」
リィナが一歩前に出る。
「群れはもう決まっている。私たちは森と共に生きる者。異端ではなく“国”だ」
老農夫が頷き、傭兵が剣を掲げ、カエルが歌を響かせた。
人々は次々に声を上げた。
「森の国だ!」
「アルトを長として生きる!」
その声は森を震わせ、祠の光が柔らかく揺らいだ。
その日、王都から密かに再び使者が送られてきた。
前回とは違い、彼の声には恐れが混じっていた。
「……王都は敗北を認めぬ。だが大軍を失った今、すぐに攻め込む力もない。
宰相ダリオはなお異端と呼び続けるが、民の中には“森の国に救いを見た”という声も上がっている」
アルトは黙って聞き、最後に言った。
「伝えてくれ。俺たちは王都を脅かすつもりはない。
ただ、この森で生きることを選んだ。それを奪おうとするなら……何度でも立ち上がる」
使者は深く頭を垂れ、静かに森を去っていった。
夜。
焚き火のそばで仲間たちと腰を下ろす。
リィナが横で槍を磨きながら言った。
「これで王都も無闇には手を出せまい。長、やっと群れに夜明けが来たな」
アルトは炎を見つめ、ゆっくりと頷いた。
「でも俺たちの戦いは終わらない。これからは飢えや争いだけじゃなく、人と人との思惑とも向き合わなきゃならない」
カエルが竪琴を爪弾き、柔らかな声で歌った。
「——夜は終わり、光は昇る。
異端と呼ばれし者は、今や国の礎」
その歌に、人々の心は静かに温められていった。
夜明け。
アルトは一人、祠の前に立った。
掌を当てると、光が静かに脈打ち、彼の胸を照らす。
(無能だと追放された俺が、こうして国を導くなんて……誰が信じただろう。
けれどこれは奇跡じゃない。仲間がいて、森がいて、祈りがあったからだ)
東の空が赤く染まり、光が森を照らし出した。
アルトはその光景を見つめ、深く息を吸った。
「——森の国はここから始まる。
俺はもう、追放された無能じゃない。
……俺は、この国の長だ」
朝日が昇り、森の国に新しい一日が訪れた。
異端と呼ばれた男が築いた国は、まだ小さな芽にすぎない。
だがその芽は確かに根を張り、空へと伸びていく。
——森の国の物語は、今まさに始まったのだ。




