第19話「忘れられた街道を求めて」
森の国を包囲する静かな圧力は、日を追うごとに重くのしかかっていた。
王都が仕掛けた封鎖は徹底しており、交易も往来も途絶えた。
集落の人々はまだ笑顔を見せていたが、物資の不足は確実に迫っていた。
アルトは決断した。
「森の奥に眠るという古の街道を探し出す。王都の封鎖を越えるには、それしかない」
学者が地図を広げ、古文書の断片を示した。
「ここから北西に進んだ山の麓に、かつて“緑の回廊”と呼ばれた道がある。だが長らく人の足が途絶え、今は呪いに覆われていると噂される」
リィナが槍を肩に担ぎ、獰猛な笑みを浮かべる。
「呪いだろうが何だろうが構わん。群れの長が行くなら、私も行く」
傭兵も頷き、剣を背にかけた。
「兵糧の道を開くのは戦と同じだ。俺も行こう」
カエルは竪琴を抱きしめながら言った。
「なら私も同行します。歌は道を照らす松明となるはずです」
出立の日の朝、集落の人々が見送りに集まった。
老農夫は手を合わせ、子どもたちは「帰ってきてね」と声を震わせた。
アルトは彼らに微笑みを向けた。
「必ず戻る。道を拓いて、森の国を生き延びさせる」
そう告げ、祠に手を当てて光を受け、仲間と共に森の奥へと踏み出した。
森の奥は、これまでの緑豊かな景色とはまるで違っていた。
木々はねじれ、黒い苔が幹を覆い、空気は淀んでいる。
一歩進むごとに足が重くなり、冷たい囁きが耳を掠めた。
「戻れ……戻れ……」
孤児たちの怯える声を思い出し、アルトは唇を噛んだ。
(ここで引き返せば、みんなが飢えてしまう……)
掌に光を宿すと、祠と同じ輝きが闇を押し返した。
囁きは薄れ、木々の影が後ずさるように退いた。
「やっぱり……森は俺を導こうとしている」
やがて、古びた石畳が姿を現した。
苔むした道標にはかろうじて文字が刻まれていた。
「緑の回廊」と。
しかし安堵する間もなく、影が動いた。
腐敗した獣のような魔が群れをなして道を塞ぐ。
その眼は赤く濁り、口からは黒い靄が漏れていた。
リィナが槍を構え、低く唸る。
「来るぞ!」
傭兵が剣を抜き、アルトは光を掌に集めた。
カエルは震える声で歌を紡ぐ。
「——恐れるな、光はここにある!」
戦いは熾烈だった。
魔は数を頼みに襲いかかるが、リィナの槍が獣を薙ぎ、傭兵の剣が影を裂いた。
アルトの光は傷を癒やし、根を操って敵を絡め取る。
カエルの歌声は仲間の心を繋ぎ、恐怖を払い続けた。
やがて最後の魔が絶叫と共に崩れ落ちた。
道の奥に、一筋の光が差し込んでいた。
石畳の果てに広がっていたのは、崩れた城壁と廃墟の街だった。
風に舞う草花が、かつての繁栄を静かに語っている。
学者が感嘆の声を漏らした。
「……これが、“緑の回廊”の起点。古代の街か」
アルトは廃墟を見渡し、拳を握った。
「この道を繋げば、森の国は孤立から脱せる。王都に潰されず、生き延びられる……」
だが同時に、胸の奥にざらついた予感があった。
忘れられた道はただの遺跡ではない。王都が封鎖を恐れた理由が、まだ奥に潜んでいる。