第18話「王都の報復」
森の国に静かな日々が戻ったのは、ほんの束の間だった。
人々は畑を耕し、川に仕掛けを流し、子どもたちは森の奥で追いかけっこをしていた。
だがその裏で、外の世界は大きく動いていた。
王都。
宰相ダリオは玉座の間で報告を聞き、怒声を上げた。
「森の国が“条件”を突きつけたと? 交易も同盟も拒まず、だが自らを国と認めろだと!」
重臣たちは顔を伏せ、震えていた。
ダリオの額に浮かぶ青筋は怒りと焦燥を物語っていた。
森の国を放置すれば、王都の威光は失墜する。辺境の民が「異端」に従い、王権に背を向けるのは時間の問題だった。
「ならば見せつけてやるしかない。——異端を庇う国には滅びしかないと!」
その夜、密命が下された。
森の国を包囲し、物資を断ち、援軍を寄せつけず、干からびさせる。
剣ではなく、飢えと恐怖で屈服させる計略だった。
一方、森の国。
商人たちの隊商は突然途絶え、交易品は届かなくなった。
近隣の村々からの往来も止まり、周囲の領主は兵を出して道を封鎖した。
「王都の命令だ。森の国と関わる者は異端と見なす」——そんな布告が各地に貼り出されたのだ。
集落に焦りが広がる。
「塩がもう尽きる……」
「冬を越せなくなるぞ!」
「王都に逆らったのが間違いだったのか……?」
人々のざわめきは、やがてアルトへの不安へと変わっていった。
夜、祠の前でアルトは仲間たちを集めた。
焚き火の光に浮かぶ顔は皆険しい。
傭兵が低い声で言った。
「王都は兵を送らず、飢えで屈服させるつもりだ。……最も厄介な戦だ」
学者は地図を広げ、険しい声で続ける。
「道はすべて封鎖されている。交易路も補給路も塞がれ、孤立状態だ」
老農夫が膝を抱え、呻くように言った。
「祠の力で作物は育つ。だが塩や鉄は出せん。生きるには外の品がいる……」
リィナが槍を突き立てた。
「長よ。王都は牙を隠した狼だ。どう動く?」
アルトは拳を握り、深く息を吐いた。
「俺たちは王都に膝を折らない。けど孤立していては滅ぶ。……だから道を拓く」
「道を?」リィナが眉をひそめる。
「森の奥に古の街道があると学者が言っていた。忘れられた道なら、王都も封鎖できないはずだ。俺たち自身で道を切り開き、交易を繋ぐ」
人々がざわめく。
無謀だと思う声もあったが、絶望よりは希望を選びたいという眼差しもあった。
カエルが竪琴を抱え、静かに歌を奏でた。
「——闇が道を塞いでも、祈りが道を拓く。
追放されし者は歩みを止めず、仲間と共に国を築く」
歌に人々の心が少しずつ動かされ、焚き火の炎が高く揺れた。
その夜更け、リィナはアルトに近づいた。
「覚悟はできているか?」
「怖いよ。……でも、俺が選んだんだ。もう逃げられない」
リィナは尾を揺らし、牙を見せて笑った。
「ならば群れは従う。たとえ王都を敵に回そうとも」
星空の下、祠の芽が柔らかく光った。
まるで「その道を進め」と背を押すかのように。