第15話「光と闇の衝突」
夜空を裂くように、森は光と闇に二分されていた。
一方はアルトの祈りに応じて輝く祠の光。
もう一方はリュシアンが呼び起こした呪獣の黒い靄。
その狭間で、人々は必死に声を張り上げていた。
「負けるな!」
「アルト様を信じろ!」
「ここは俺たちの国だ!」
子どもも老人も、震えながらも祈りを重ねる。
その願いが祠を通じてアルトに注ぎ込まれ、彼の体を淡い光が包んでいった。
呪獣は獣じみた咆哮を放ち、腐敗の靄を吐き出す。
触れた木々は瞬く間に枯れ、川の水すら黒く濁った。
だが光の奔流がそれを押し返し、緑を蘇らせる。
「……これが俺の力じゃない。みんなの祈りが、森を動かしているんだ!」
アルトは歯を食いしばり、両手を大地に押し当てる。
根が唸りを上げ、土が震え、無数の枝が槍のように呪獣へ突き刺さった。
リィナが吠え、槍を構えて突進する。
「灰狼族の誇りにかけて——ここで呪いを断つ!」
彼女の一撃が呪獣の脚を裂き、黒い靄が散った。
すかさず傭兵が剣で斬りかかり、老農夫でさえ鍬を振るって戦った。
子どもたちは石を投げ、学者は護符を掲げて靄を防いだ。
それは絶望的な戦いだったが、誰も退かなかった。
リュシアンは遠くからそれを見て嗤った。
「愚か者ども……どれだけ足掻こうと、呪獣は滅びぬ! 森を喰らい尽くすまでな!」
だがその言葉を、カエルの歌声がかき消した。
「——闇は恐れではなく、希望で打ち払うもの。
異端の烙印は虚ろ、真実はここにある!」
竪琴の旋律が広がり、人々の声と重なってゆく。
光はさらに強くなり、呪獣の影を切り裂き始めた。
呪獣が絶叫を上げ、全身から黒い靄を噴き出した。
その塊は空へ舞い上がり、森全体を覆おうとする。
「ここで……終わらせる!」
アルトは立ち上がり、全身から溢れる光を両掌に集中させた。
まるで森そのものが彼を通じて祈っているかのように、大地の鼓動が背中を押す。
「俺は無能じゃない! 異端でもない!
——俺は、この森と人々を守る者だ!」
光が爆ぜ、巨大な柱となって呪獣を貫いた。
黒い靄が悲鳴を上げるように弾け、呪獣の体が崩れ始める。
リィナが叫んだ。
「アルト! とどめを!」
アルトは最後の力を振り絞り、地に手を当てる。
祠がまばゆい光を放ち、根が一斉に隆起して呪獣を絡め取った。
緑の光がその巨体を包み込み、闇を一点残らず焼き尽くしてゆく。
呪獣は最後の咆哮を残し、やがて霧のように消え去った。
静寂。
風が森を撫で、草木が再び芽吹き始めた。
人々は息を呑み、やがて歓声を上げた。
「勝った……!」
「森が守られた!」
アルトは膝をつき、汗に濡れた顔で笑った。
リィナが彼を支え、囁く。
「よくやったな、群れの長」
「……みんながいたからだよ」
その言葉に、人々の瞳が光を宿した。
森の国は、確かに一つになったのだ。
だが遠く、王都の城壁の上で宰相ダリオは別の報告を受け、目を細めていた。
「呪獣が滅んだ? ふん……ならば次は“人の欲”で潰すまでだ」
森をめぐる争いは、まだ終わりを告げてはいなかった。