第14話「呪いの胎動、迫る影」
森を抜けたリュシアンは、王都の密命を帯びた魔導師たちと合流していた。
夜闇の中、彼らは円陣を組み、血で描かれた紋を地に刻む。
古代に封じられた「呪獣」を呼び起こす禁呪。その代償に兵を十人、生贄として差し出した。
「異端には異端を——」
リュシアンの呟きと共に、大地が震え、黒い靄が森の奥底から噴き出した。
やがて現れたのは、獣とも影ともつかぬ巨大な怪物。
それは「森喰らい」とは比べ物にならぬ、呪いそのものの顕現だった。
一方、森の国。
アルトは祠の前で人々に声をかけていた。
「みんな、今回の戦いでわかったはずだ。俺は王を脅かす存在じゃない。ここで共に生きたいだけだ」
人々は頷き、笑顔を交わした。
だがその安らぎは長く続かなかった。
リィナが狼耳を震わせ、険しい声を上げる。
「……聞こえる。森が呻いている」
森の奥から重苦しい気配が迫っていた。
草木が枯れ、鳥たちが悲鳴を上げて飛び去る。
やがて、黒い靄が川沿いに溢れ出し、集落を覆い始めた。
子どもが叫んだ。
「黒い影が……来る!」
呪獣の姿を見た人々の顔から血の気が引いた。
巨大な体にねじれた角、赤い眼孔。口から漏れる靄は触れるだけで木を枯らし、地を腐らせる。
老農夫が膝をつき、震える声で祈る。
「神よ……どうか、我らをお守りください……」
リュシアンの声が遠くから響いた。
「これが真の森の姿だ! 異端アルトのもたらした呪いだ!」
人々に動揺が走る。
だがアルトは前に出て、祠に手を当てた。
「違う! これは森を蝕む呪い……王都が呼び起こしたものだ! 森は俺に教えてくれている!」
掌に熱が宿り、光が溢れる。
祠の芽が一斉に震え、土が脈動する。
リィナが槍を構え、吠える。
「アルト! 群れはおまえを信じる! 共に戦おう!」
カエルが竪琴を鳴らし、歌声を重ねる。
「——恐れるな! 呪いに飲まれるな! 我らは一つ!」
傭兵が剣を振り上げ、叫んだ。
「ここが俺たちの国だ! 異端なんかじゃねえ! 俺たちは生き抜く!」
人々が声を合わせ、祈りを重ねた。
その思いに応えるように、アルトの光はさらに強さを増す。
呪獣が咆哮を上げ、黒い靄を吐き出した。
だが祠の光がそれを押し返し、森の木々が揺れて応戦する。
枝葉が鞭のようにしなり、根が壁を築く。
「……これが、みんなの力……!」
アルトは膝をつきながらも必死に祈り続けた。
光は呪獣を包み込み、闇と光が森を震わせる。
だがリュシアンは高笑いした。
「無駄だ! この呪獣は森そのものを喰らう! おまえの光では止められぬ!」
呪獣の体から新たな影が溢れ出し、森全体に広がっていく。
人々が息を呑み、希望が揺らぎかけた。
そのとき、アルトは顔を上げた。
星空の下、光に照らされる人々の顔があった。怯えながらも、必死に祈り、信じようとしている仲間たちの顔。
「……諦めない。たとえ呪いがどんなに強くても、俺は守る!」
その叫びと共に、光はさらに大きく膨れ上がった。