第13話「揺らぐ心、試される絆」
森の国を包む夜風が、緊張の匂いを運んでいた。
祠を囲んで兵と村人が対峙し、火の粉が散るたびに誰もが武器を握る手を強める。
王都の間者であるリュシアンの叫びは、人々の心に亀裂を生んでいた。
「見ただろう! この光こそ禁忌だ! 森を操り兵を退けるなど、ただの人間にできることではない! アルトは異端、必ず王を脅かす!」
兵たちが声を上げ、剣を振りかざす。
集落の仲間たちは怯えながらも祠の前に集まり、互いを庇い合った。
——その中で、誰もがアルトを見ていた。
信じるか、疑うか。その視線の重さが彼の胸に突き刺さる。
リィナが前に出て、槍を地に突き立てた。
「黙れ、裏切り者。アルトは異端ではない。群れを癒やし、育て、守る者だ!」
「だが——」旅商人の一人が声をあげた。
「もし王都の言う通りなら……我らは反逆者になってしまうのでは?」
沈黙。
疑念が再び人々の間に広がる。
アルトは一歩前に出た。
胸の奥で恐怖と迷いが絡みつく。だが、もう逃げるわけにはいかなかった。
「……俺は異端でも無能でもない。ただの人間だ」
彼は掌を差し出し、祠の土に触れた。光がじんわりと広がり、芽が静かに伸びる。
その光は柔らかく、兵士たちの武器を焼き払うこともなく、ただ人の心を温めるように輝いた。
「この力は戦うためのものじゃない。生きるためのものだ。
俺は王を脅かす気もない。ただ……この場所を守りたい。それだけなんだ!」
その言葉に、孤児たちが立ち上がった。
「アルトは僕らを救ってくれた!」
「異端なんかじゃない! 僕らの父さんだ!」
老農夫も鍬を掲げる。
「畑を甦らせたのは祠ではなく、アルト様の心だ! 誰が異端と呼ぼうとも、我らは裏切らん!」
傭兵も前に出て、剣を振りかざした。
「俺は戦場で裏切られた。だがアルトは裏切らなかった! 俺はこの男に賭ける!」
人々の声が次々と重なり、揺らいでいた絆が再び強く結ばれていく。
リュシアンの顔が歪んだ。
「愚か者ども……王都を敵に回す気か!」
彼が剣を抜き、アルトへと踏み込む。
その瞬間、リィナが牙を剥き、槍で迎え撃った。
鋼がぶつかり、火花が散る。
「裏切りの牙は、この私が砕く!」
二人の激しい攻防が始まった。
兵士たちも動き出し、集落全体が戦場と化す。
アルトは祠に手を当て、必死に祈った。
(どうか……仲間を守らせてくれ! 俺はもう失いたくない!)
光が奔流のように広がり、森の木々が応える。
枝葉が盾となり、根が兵士の足を絡め取る。
カエルが竪琴を奏で、歌声が人々の心を奮い立たせた。
「——恐れるな! この森は我らの国!
異端の烙印ではなく、希望の証を!」
リュシアンは押し込まれ、呻き声をあげた。
だが彼の目はまだ冷たく光っていた。
「……よかろう。ならば次は、本物の“呪い”をぶつけてやる」
そう言い残し、彼は兵を率いて森の奥へ退いていった。
戦いはひとまず終わった。
だが人々の顔には安堵と同時に、不安が刻まれていた。
リュシアンが去り際に残した言葉——「呪い」。
アルトは拳を握りしめ、胸の奥で決意を固めた。
(どんな呪いが来ようとも、俺はもう逃げない。この国を、この仲間を守り抜く)
その決意に応えるように、祠の芽が静かに光を放った。