第12話「裏切りの刃、迫る影」
森の国に朝日が差し込むころ、集落は活気に包まれていた。
畑には青々とした芽が広がり、子どもたちは水汲みを競い、傭兵たちは木剣で稽古をつけている。
一見すれば平和そのもの。だがアルトの胸には小さな棘が残っていた。
(あの旅人……やはり、王都の間者かもしれない)
昨夜、祠の前で祈ったときに感じた違和感。人の言葉に潜む嘘や闇が、掌の光に触れると浮かび上がるように分かるのだ。
アルトは彼を排除することもできた。だが、証拠がない。人を信じると決めた自分が、最初から「間者だ」と決めつけていいのか——その迷いが、彼を縛っていた。
その日の午後、異変が起きた。
見張りの若者が駆け込んできた。
「武装した一団が森に入った! 王都の兵かもしれません!」
人々に緊張が走る。老農夫は鍬を握り、孤児たちは怯えながらも石を拾った。リィナは槍を構え、狼耳をぴんと立てる。
「動きが早すぎる。まるで……事前に道を知っていたかのようだ」
その言葉に、アルトの胸が冷たくなった。
やはり誰かが、森の内情を漏らしている。
日が傾くころ、ついに兵たちの影が現れた。
数は三十ほど。だが、森の奥にまで迷わず進んでくる。まるで案内役がいるかのように。
兵たちを率いるのは黒鎧の騎士。冷たい声が響く。
「異端アルト。おとなしく捕らえられよ。抵抗すれば、ここにいる者すべてを討つ」
人々がざわめき、不安が広がる。
そのとき、兵の列の後ろから見慣れた姿が現れた。——あの旅人だった。
「……やっぱり」
アルトの呟きに、リィナが低く唸る。
男は外套を脱ぎ捨て、王都の紋章を刻んだ軽鎧を覗かせた。
「すまないな、森の者たち。私は王都の騎士、リュシアン。最初から異端の監視役としてここにいた」
彼の声は冷たく、焚き火の夜に見せた弱々しい顔は微塵も残っていなかった。
人々の間に混乱が広がる。
「やっぱり……森は呪われてるのか?」
「アルト様が……本当に異端なのか?」
リュシアンは巧みに言葉を重ねる。
「アルトは祠を操り、森を怪物のように従えている。討伐隊を滅ぼし、森喰らいを呼び出したのも奴だ。信じてはならない!」
その声は鋭く、疑念の種をあっという間に燃やし広げた。
だがアルトは一歩前に出た。
「嘘だ! 俺は森に祈り、力を借りてきただけだ。森喰らいを呼び出したことなんてない!」
掌に光を宿し、皆に見せる。淡い輝きは土を癒やし、芽を育む。
「見ろ! この力は命を育てるものだ。呪いなんかじゃない!」
孤児のひとりが震える声で言った。
「アルトは……僕の傷を治してくれた……」
老農夫も鍬を掲げる。
「この畑を蘇らせたのはアルト様だ! 王都が何を言おうと、我らの長はアルト様だ!」
だが、リュシアンは嗤った。
「感謝を装い、心を操る。異端の常套だ。……証拠ならある」
そう言って彼が差し出したのは、王都の印章を押された書簡だった。
そこには「森を国とする意思を持つ者、即刻討伐せよ」と記されていた。
人々に動揺が走る。
「つまり王国は、すでにおまえたちを“反逆者”と定めているのだ」
兵士たちが一斉に武器を構えた。
リィナが槍を突き出し、牙を剥く。
「群れを裏切る牙は、必ず折る!」
アルトは掌を祠に押し当て、必死に祈った。
(森よ……どうか応えてくれ! 俺は異端でも構わない。けど仲間を、居場所を奪わせはしない!)
光が奔流のように溢れ、根が地面を裂き、兵たちを阻む。
リュシアンが剣を抜き、光を弾き飛ばしながら笑った。
「やはり……異端だ。だが、この力は王都のものになる」
戦いの幕は切って落とされた。
仲間を信じるか、疑念に呑まれるか。
森の国の運命を揺るがす試練が、いま始まろうとしていた。