表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/24

第12話「裏切りの刃、迫る影」

 森の国に朝日が差し込むころ、集落は活気に包まれていた。

 畑には青々とした芽が広がり、子どもたちは水汲みを競い、傭兵たちは木剣で稽古をつけている。

 一見すれば平和そのもの。だがアルトの胸には小さな棘が残っていた。


(あの旅人……やはり、王都の間者かもしれない)


 昨夜、祠の前で祈ったときに感じた違和感。人の言葉に潜む嘘や闇が、掌の光に触れると浮かび上がるように分かるのだ。

 アルトは彼を排除することもできた。だが、証拠がない。人を信じると決めた自分が、最初から「間者だ」と決めつけていいのか——その迷いが、彼を縛っていた。


 その日の午後、異変が起きた。


 見張りの若者が駆け込んできた。

「武装した一団が森に入った! 王都の兵かもしれません!」


 人々に緊張が走る。老農夫は鍬を握り、孤児たちは怯えながらも石を拾った。リィナは槍を構え、狼耳をぴんと立てる。


「動きが早すぎる。まるで……事前に道を知っていたかのようだ」


 その言葉に、アルトの胸が冷たくなった。

 やはり誰かが、森の内情を漏らしている。


 日が傾くころ、ついに兵たちの影が現れた。

 数は三十ほど。だが、森の奥にまで迷わず進んでくる。まるで案内役がいるかのように。


 兵たちを率いるのは黒鎧の騎士。冷たい声が響く。

「異端アルト。おとなしく捕らえられよ。抵抗すれば、ここにいる者すべてを討つ」


 人々がざわめき、不安が広がる。

 そのとき、兵の列の後ろから見慣れた姿が現れた。——あの旅人だった。


「……やっぱり」


 アルトの呟きに、リィナが低く唸る。

 男は外套を脱ぎ捨て、王都の紋章を刻んだ軽鎧を覗かせた。


「すまないな、森の者たち。私は王都の騎士、リュシアン。最初から異端の監視役としてここにいた」


 彼の声は冷たく、焚き火の夜に見せた弱々しい顔は微塵も残っていなかった。


 人々の間に混乱が広がる。

「やっぱり……森は呪われてるのか?」

「アルト様が……本当に異端なのか?」


 リュシアンは巧みに言葉を重ねる。

「アルトは祠を操り、森を怪物のように従えている。討伐隊を滅ぼし、森喰らいを呼び出したのも奴だ。信じてはならない!」


 その声は鋭く、疑念の種をあっという間に燃やし広げた。

 だがアルトは一歩前に出た。


「嘘だ! 俺は森に祈り、力を借りてきただけだ。森喰らいを呼び出したことなんてない!」


 掌に光を宿し、皆に見せる。淡い輝きは土を癒やし、芽を育む。

 「見ろ! この力は命を育てるものだ。呪いなんかじゃない!」


 孤児のひとりが震える声で言った。

「アルトは……僕の傷を治してくれた……」


 老農夫も鍬を掲げる。

「この畑を蘇らせたのはアルト様だ! 王都が何を言おうと、我らの長はアルト様だ!」


 だが、リュシアンは嗤った。


「感謝を装い、心を操る。異端の常套だ。……証拠ならある」


 そう言って彼が差し出したのは、王都の印章を押された書簡だった。

 そこには「森を国とする意思を持つ者、即刻討伐せよ」と記されていた。

 人々に動揺が走る。


「つまり王国は、すでにおまえたちを“反逆者”と定めているのだ」


 兵士たちが一斉に武器を構えた。

 リィナが槍を突き出し、牙を剥く。

「群れを裏切る牙は、必ず折る!」


 アルトは掌を祠に押し当て、必死に祈った。

(森よ……どうか応えてくれ! 俺は異端でも構わない。けど仲間を、居場所を奪わせはしない!)


 光が奔流のように溢れ、根が地面を裂き、兵たちを阻む。

 リュシアンが剣を抜き、光を弾き飛ばしながら笑った。


「やはり……異端だ。だが、この力は王都のものになる」


 戦いの幕は切って落とされた。

 仲間を信じるか、疑念に呑まれるか。

 森の国の運命を揺るがす試練が、いま始まろうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ