表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/24

第10話「森の国のはじまり」

 討伐隊を退けてから三日。

 森は静けさを取り戻し、戦いの痕跡は少しずつ緑に覆われ始めていた。

 だが、集落の人々の胸には熱が残っていた。恐怖に怯えていた彼らは、自らの手で戦い抜き、生き延びたのだ。


 焚き火を囲み、老農夫が深く頭を下げる。

「アルト様……いや、我らの長よ。あなたのおかげで命が繋がりました。どうか、これからも我らを導いてください」


 その言葉に、周りの人々も次々と声を上げた。

「アルト殿がいなければ、森喰らいに食われていた!」

「兵を退けられたのは、祠とあなたのおかげだ!」

「もう無能なんて呼ばせない!」


 歓声に囲まれ、アルトは言葉を失った。

 無能と呼ばれ、追放され、居場所を失った自分。だが今、ここには自分を信じる人々がいる。


「……俺は導けるほどの者じゃない。ただ、守りたいだけだ。この森を、ここで暮らすみんなを」


 それでも人々は頷き、笑顔を向けた。

 リィナが立ち上がり、槍を掲げて叫ぶ。


「聞け! この日をもって、我らは群れではなく“国”になる! 森に生きる者、祠を守る者、皆が群れの家族だ! アルトを長とし、ここに新たな国を築く!」


 人々の声が森に響いた。

 「森の国だ!」

 「アルト様を長に!」

 熱気が夜空に昇り、星々が応えるように瞬いた。


 翌朝、アルトは祠の前に立ち、土に手を触れた。

 掌から光が溢れ、芽が一斉に伸びる。畑に麦が育ち、果実の実る木が根を張る。

 人々は歓声を上げ、涙を流して大地を抱きしめた。


「……これが俺の役目なんだな」


 アルトは胸の奥で静かに呟いた。

 無能と呼ばれた追放者は、今や“森を豊かにする者”として仲間たちに認められていた。


 リィナが隣に歩み寄り、尾を揺らして笑う。

「どうだ、長の気分は?」


「まだ慣れないよ。けど……悪くない」


 二人は笑い合い、集落を見渡した。

 小さな焚き火の群れだった場所が、少しずつ畑と家を備えた村へと変わりつつある。


 だが、王都では再び陰謀が渦巻いていた。


 宰相ダリオは討伐隊の敗北報告を前に、不気味な笑みを浮かべた。

「討伐隊が二度も敗れたとなれば、民はますます“森の守り手”を信じるだろう。……ならば、王権を揺るがす前に、必ず葬らねばならん」


 彼は密かに手を打った。辺境の他領主たちを焚きつけ、「森の国」を敵視させる。商人を操って食糧を断ち、間者を送り込む。

 さらに、古の封印を解こうと魔導師たちを動かしていた。

「異端には異端をぶつける。森の寵児には、森を呪う怪物を」


 その瞳には、憎悪と恐怖が入り混じっていた。


 その夜、森の国の焚き火のそばで、カエルが歌を奏でた。


「——追放されし男、森を耕し国を築く。

 異端の烙印を押されても、彼は歩む。

 やがて王国を揺るがす大河の流れとなるだろう」


 歌に人々は耳を傾け、胸を震わせた。

 アルトはその歌声を聞きながら、心に誓う。


(俺はもう逃げない。たとえ異端と呼ばれ、国を敵に回そうとも、この森と仲間を守る。ここが俺の……新しい国なんだ)


 夜空の星が、祠の光と共に輝いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ