使い魔は王子様?! ~魔力無し王子は愛しい主を逃がさない〜
学園の落ちこぼれ。『役に立たない痩骨の魔力壺』と呼ばれる僕がある日召喚した使い魔は……この国の王子様?!
魔力が少ないことだけが唯一の欠点と呼ばれているリオン殿下と、膨大な魔力を持つけど上手く魔法を使えない僕。
そんな僕たちだったが使い魔契約を結ぶことによって、リオン殿下は僕の魔力を使って強力な魔法を使えるようになった。
それはとても良いことなんだけど、僕は一度にたくさん魔力を消費されることによって毎回発情状態になってしまう。
だからって殿下?! 貴方が相手をしてくれる必要はないんですが?! ていうか止めて! 本当にやめてください! 分不相応な想いが募ってしまうじゃないですか?!
そんなある日、殿下のご結婚が決まったと耳にした僕は……逃げ出すことにした!
魔法の使えない魔力持ちと、魔力の少ない魔法使い王子様のBL追いかけっこラブストーリーここに開幕っ!"
「……ここ……は?」
膨大な魔力風が吹き荒れた後の召喚陣の上には一つの人影があった。
魔力風が巻き起こした埃も収まって、魔力爆発で起きた光も収まって、召喚陣に立つ人影が露になると同時に、周囲は困惑と驚きの声が上がり始める。
目の前の召喚陣に立つ人影が姿を現して、それが誰かを認識した途端、この召喚を行った僕は絶句した。
むしろこの場から逃げ出したかった。召喚なんて行ってませんって顔をしてこの場を去りたかった。
だけどそれは許されない。
何故なら、召喚した使い魔との契約が完了していない今、召喚主である僕と、召喚された側である彼との間に、僕の魔力で編まれた光る鎖が繋がっているから。
だから僕ははくりと一つ息を吐く。
そして目を瞑る。この目の前の幻が消えてくれますようにと。
だけど世は無情で。
「リ、リアン殿下……」
この召喚魔法を指導していた先生の震える声が、僕の耳に届いた。届いてしまった。
目の前に人の気配を感じて恐る恐る目を開ければ、目の前にいたのはとんでもない美丈夫だ。
王族の証である銀の髪と紫の瞳。僕よりゆうに頭一つは大きい背に程よく筋肉の付いた体躯は、同じ男として羨望してしまうほどだ。
王家の一員として、次代の王として威風堂々とした態度は、数多の人を魅了し続けている。
かと言って厳しいだけでなく、身分関係なく気さくに振舞い、時に厳しく時に優しく接してくれる彼は学園中の人間を惹きつけていた。
魔物という脅威に接しているこの国で、脅威を退ける為に魔法や武芸の才あるものが学ぶ学園というこの場において、強く優しい彼は全生徒の憧れでもあり、希望でもあったのだ。
それはもちろん僕も例外ではなく、この学園に通う生徒なら、彼と同じ時期に在籍が叶ったことを神に感謝しているだろう。
ただ一点、彼の完璧さに影を落としている部分がないとは言えない部分があったとしても。
我が国の第一王子であり、次代の王であることが確実であろう人物。
リアン王太子殿下。
そんな彼が僕の目の前に立っていた。
整えられた爪先を持つ鍛錬を重ねた意外とゴツイ手がすっと僕の方に伸びてきて……。
「でん……いたたたたたたたぁぁぁぁ!!」
僕の頭を鷲掴んだ。
「……これはどういうことか説明してもらおうか? ノア・ランドンッ!」
いつになく厳しい殿下のお声に、僕は半べそになったのだった。
§ § §
ノア・ランドン。しがない田舎の男爵令息。しかも次男。
それが僕の名前で身分だ。平凡で特筆すべきところもない、継ぐべく爵位のあてもない田舎貴族の次男。
そんな存在である僕は、本来であれば王都にある学園など通える身分ではないのだが、唯一の特徴でありはた迷惑な才能が、僕をわざわざ王都の学園に通うように強制していた。
『役に立たない痩骨の魔力壺』と称される僕は、体内に膨大な魔力を持っていた。
にも関わらず、それをうまく魔法として出力することができない。
まさに宝の持ち腐れというヤツだ。
だけど、僕の体内で生成される魔力は無視できない程で。
溢れ出る魔力が周囲や自分に影響を及ぼしているのもまた事実だったから。
魔力の発散方法を学ぶ為にも……と言われこの学園に来たわけだったが……。
まぁ、落ちこぼれるよね。うん。知ってた。
だから自分の使い魔を召喚する今回の授業だって、嫌で嫌で仕方なかった。
使い魔の強さ、それすなわち魔力の強さだから、本来であれば僕は凄い使い魔を召喚できるのだろう。
召喚魔法の先生だってそれを期待していないと言えば噓になる。僕が物凄い使い魔を召喚して、魔物討伐の一端を担える存在になるのではないかと期待していることがありありと伝わってきた。
だけど僕にはこれっぽっちの自信もわかなかった。どう考えても何かを召喚出来る未来が見えなかったのだ。
できて……小鳥……とか? いや虫かもしれない。いやいや虫だって僕より世界の役に立ってるんだから……。
なんて心境でイヤイヤ受けた召喚魔法の授業で……。
まさかこの国の王太子様を召喚するとか……普通思わないじゃん! しかもこの召喚陣、使い魔を喚ぶヤツだよ?!
つまり僕は……この国の王子様を使い魔として喚んじゃったって事だよ?! そんなこと……ありえないっ!
「で? これはどういうことだ……?」
気を利かせたのかなんなのか、召喚魔法の先生が案内してくれたのは、学園にある王族専用の控室だった。
学びの場ということで装飾等は抑えられているが、僕の座る絨毯ですらお高いのがまるわかりの逸品だった。
……おかげでそこに直接座っても痛くない……じゃなくて。
「えっと……僕にもよく……先生これは……」
学園の一生徒である僕が、こんな不測の事態について理解かる訳がない。ちらりと召喚魔法の先生に視線を送れば、何やら難しい顔で……。
……いや? あの顔はなんか研究対象を見つけた時みたいなワクワクした表情だな? 嫌な予感しかしないなっ!?
「いやはや。こんな事例は聞いた事ありませんが……。確かにお二人を繋いでいるのは使い魔契約の鎖のようですな」
ほっほっと白いひげを撫でながら笑う召喚魔法の先生に、思わずじとりとした視線を投げてしまう。まったくもって笑い事じゃない。僕の背中は冷や汗でびっしょりだ。……どうしよう? 不敬罪とかで殺されるかなぁ。できれば実家は何も関係なかったって事でお目こぼししてくれないかなぁ?
不吉な予感に泣きそうになっていると、リアン殿下が深くため息を吐いた。
が、何かに気づいたかのように急に真剣な顔をした。その変化に僕の心臓はどくりと音を立てる。
「なぁ、オウル師よ。確か召喚魔法で呼ばれた使い魔は、召喚主の魔力を使って色々魔法が使えるんだったか……」
「はい。その通りでございますよ。さすが、座学で主席をとられているだけございますな」
「皮肉ってくれるなオウル師。だが、もしかしたらもしかするぞこれは……」
にやりと笑みを浮かべたリアン殿下は……とても不穏だけど正直カッコよかった。
§ § §
「次っ! 爆炎魔法!」
「ひぇぇぇぇぇ!」
僕の情けない悲鳴が、魔物討伐の現場に僅かに響き渡る。でもきっと誰も聞いていない。……隣に立つこの方以外は。
僕の中の魔力がごっそりと奪われ……耳が痛くなる程の爆音が草原に響き渡った。
爆風が過ぎ去った後には、こちらに襲い掛からんと大挙して押し寄せていた魔物の燃え残りがバラバラと散らばっていた。
「う、うぇぇぇぇ」
魔物とは言え肉の焦げる何とも言えない臭いに吐き気を催す。
しゃがみ込んで口元を抑える僕とは裏腹に、リアン殿下は今日もキラキラと輝いていた。
「うむ。今日の討伐もなかなか……。ノア、君のおかげだ」
「……おそれいり……うぅ……」
ぐったりとする僕の身体を支えながら、リアン殿下が転移魔法を展開する。たどり着いた先は、王城にあるリアン殿下の私室だった。いや、そんな魔力消費量の多い魔法をひょいひょい使わないでと叫びたかったが、早くも熱に浮かされた身では叶わない。
ころりと寝台に転がされ、見慣れた天蓋の模様は何も悪くないのに、どうしてこうなったとつい睨みつけてしまう。
も、熱くなった身体に我慢できず、涼を求めてシーツの上を転がってしまう。
「ふぁ……。あつぅ……い……」
「ほら。もう防音魔法もかけたぞ。もう大丈夫だ」
リアン殿下の声がする。
こちらを覗き込むリアン殿下の顔は逆光になってよく見えない。
くるりと身体を返されて、リアン殿下の長躯に伸し掛かられて……。
僕はこれからの展開に、どうしてこうなったという諦念と……抑えきれない喜びを隠す為、そっと目を伏せた。
どうしてこうなった。
これは僕のセリフでもあり、リアン殿下のセリフでもあろう。
ただ僕がリアン殿下を使い魔として召喚した結果。
リアン殿下の懸念。唯一の弱点が解消されたのだ。
リアン殿下の弱点。
それは潜在魔力の少なさだった。
武芸に優れ、魔法についても座学は完璧、むしろその研究熱心さから、失われた強力な古代魔法すら現在に復活させた立役者。
だが……彼が復活させた古代魔法を彼自身が発動させることはできなかった。
古代魔法はその強力さ故、膨大な魔力を必要としたのだ。現代魔法の中で一番魔力消費量が少ないと言われている生活魔法がやっとの程の魔力しか持たない殿下にとって……それは唯一の欠点だと、ありとあらゆる点で優れた殿下の足を引っ張りたい派閥が声高に叫ぶほどに。
だが現在。
その派閥は虫の息だ。
僕が……殿下を使い魔にしたことによって。
そう。僕の中にわだかまって無駄でしかなかった膨大な魔力は、殿下という使い魔を通じて利用することができるようになったのだ。
膨大な魔力消費によって、僕が発情状態になるという不運と引き換えに……。
だから今日みたいに大量に魔法を消費した日の僕は、いや僕たちは……身体を重ねるのだ。
どうして殿下自らお相手してくれるんだろうとか、こんなこと続けてたらおかしくなるとか。
色んな疑問を呑み込んで、僕はリアン殿下に抱かれるのだ。……いつか不要となるその日まで。