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雪原に咲く一輪の赤い花

(この作品にはあらすじがありません)


 それはそれは雪が深く一寸先が暗闇に満ちていた日の話だ。とある小さな村。どこにでもある普通の村に一人の少女が過ごしていた。


 都のように華やかな装飾はなく、神殿のように普遍性を持たない神秘も宿っていない。

 泥臭く、それなりに貧相であり、多くの農夫が働くような、どこにでもある村だった。


 けれども。

 同時に幸せも確かにあった。


 世界を救う冒険譚のような、激しく偉大な出来事もなければ、都のような高価な物もその村にはない。

 ただ皆んなが一生懸命今日を生き、共に力を合わせて逞しく過ごしていく日常があったのだ。


 その日常の小さな一歩が村人の幸せでもあった。

 ……だがいつの世も、不幸というものは分け隔てなく平等に与えられてしまうもの。


 誰が悪かったわけでもない。

 村人の行動によって避けられた不幸でもない。

 強いて言うなら、彼らはただただ運が悪かっただけの話。


 その理不尽な不平等によって……小さな村はある夜を境に消滅した。



 これは理不尽な世界に抗う為に奮闘する、二人の少女の物語だ。









「はぁ……はぁ!」


 一人の()()が息を切らしながら逃げる。

 炎に焼かれ、雪の地面を赤く塗られた村から逃げていく。本来は帰るべき場所は地獄へと変わってしまったからだ。


「た、すけて、だれか……!」


 彼女の近くにいつもいた両親の姿はなく、代わりに見えるのは彼女を亡き者にせんと迫る漆黒の獣達。


 祓霊()


 人がこの世に生まれ落ちた時から存在する異形。

 原初の罪を体現する、人だけを襲う悪意ある者達。


 奴らが目にも止まらぬ速さで一人の少女を追っていた。小さな鼠でも弄ぶように。


「う゛……いったいよぉ…………!」


 当然怪我をした少女が逃げられるはずもなく、雪の冷たさで体の灯火まで奪われた彼女は、哀れな程に転ぶしかなかった。


(おとうちゃん……おかあちゃん!!)


 その隙を見逃さない祓霊()ではない。

 転んだ瞬間にトドメを刺さんと跳んだ。


 絶体絶命。

 あと一秒で消える定めの少女だったが──


 ──その運命は覆される。



等活地獄刀輪処絶とうかじごくとうりんじょぜつ



 闇夜に咲く一輪の赤い花。

 それはこの世に蔓延る祓霊()を塵に変える正義の光だった。

 村の中心から打ち上がる巨大な火柱が、凍える地獄を灼熱の世界へと変えていく。


 始まりは村の中心。

 だが巨大の火柱は意思を持ったように、狙いを"村の外"へと定めた。

 つまり少女の近くにいる悪に向けて……刹那の後、鼠を狙っていたはずの祓霊()は、背後から現れた炎龍に喰われた。


 そして火柱に変わった祓霊()の前に一人の女性が静かに降り立つ。どこまでも残酷な世界に似合った漆黒の色を持ち得ながらも、残酷な世界に抗えると思わせるほどの凛々しさも感じられる歳若き女性。

 黒曜石の如き美しさを誇る者が、少女の前に姿を現した。


「…………きれい」


 雪が降り、空は暗黒でありながら地上は極寒の死の地と化したその世界で、一人の少女が心打たれ無意識に感嘆の言葉をこぼした。


 少し前に祓霊()に両親を殺されたとは思えないほど、純白な声だった。

 その声に振り返る女性(救世主)

 祓霊()……大の大人より二回りも大きい化け物達を、最も容易く燃やし尽した刀使いの彼女が口を開いた。

 

「そこの方、無事ですか?」


 何とも冷たく優しい声だった。

 小さな背丈からして刀を持つ彼女もまた子供であろうに、その声に秘める覇気は波ならぬもの……。


 まさしく修羅。


「……だ、だいじょぶです!」


 対して少女は年相応な笑顔を見せようとしながら、舌足らずな言葉を返した。

 けれども仕方ないと言えよう。何せ彼女は、暖かな春を彷彿とさせる桜色の髪が己の血で染まり、タンポポのように明るい顔は痛みで歪んでいた。


 少女は今。

 極寒の死神に刈り取られる直前にいる。


「………………そう」


 対して刀使いの女性は素っ気なく言葉を吐き捨て、静かに近づく。少女とは真反対に冷たさを具現化したような存在。肌は並より白く、表情もどこか冷めている。

 黒と白だけで氷の結晶を表したような彼女は、死に掛けの少女に対して顔を近づけて、


「嘘はよくありませんよ……特に、太陽の様に明るい貴女は」

「────」


 少女に暖かな火を灯した。

 不可思議な力によって召喚された小さな炎は淡い色を発し、少女の熱を甦らせる。

 

「わあぁ……すごい」


 小さな村で行われた、小さな祭りの花火の様だと少女は嬉しそうに思った。すると雪景色の奥から黒の和服を着た男性が現れ、刀使いの女性を前にして膝をついた。

 大の大人が一回り小さい女性に対して。

 

()()()()。村の捜索、終わりました」

「ご苦労様です。それで状況は」

「殲滅は終わりました。ですが村は……」


 言葉を濁し僅かに歯軋りをする男。

 それを意味する事は、この村いる住民は全て終わったという事だ。

 暖かな炎を見て笑顔になった彼女を除いて。


「わかりました。我が隊はこの村から一時撤退。生存者の保護とこの場の浄化処置を済ませてください……それと」


 隊長と呼ばれた寒菊(かんぎく)は一瞬、少女へと目を向けて言葉を紡ぐ。


「あの子は難民用の場所へ」

「はっ!」


 短い返事と共に男は消えた。

 この場で交わす会話は既にないと言う事だろう。それは寒菊(かんぎく)も同じで、彼女は己の役目を果たす為に、少女へと声をかける。


「貴女、体の方はもう大丈夫かしら?」


 訪れるはしばしの沈黙。

 問われた少女は俯いたままで、寒菊(かんぎく)は次の言葉を発する事なく静かに待ち続けるまま。


「……うん、だいじょうぶ。ちょっとつかれちゃったけど、だいじょうぶ」

「……………………そう」


 優しく微笑んだ少女の目の端には、微かに跡が残っていた。寒菊は気付いている。けれど言葉にする事は一切しないままに話を続けた。


「こんな時に申し訳ないのだけれど、これから私と一緒に来てくれないかしら?」

「……むらにはもどれないの?」

「──ええ、そうね。あの村はもう人が立ち入れる場所ではなくなってしまった」


 後ろへ振り向く寒菊に見えたのは、怨念が染み付いてしまった村の『跡地』だった。祓霊()が残した傷跡は大きく、決して獣達である奴らを消しても、土地に染みついた呪いが消える事はない。


 その証拠に、村の地面からは黒と紫が混じった怨念が浮き上がり続けていた。

 

「…………………………そっか」

「……………………」


 一人取り残された少女は帰る場所を失った。

 なら彼女は、新たな場所を見つけられるだろうか?

 

(……無理ね)


 寒菊は冷静に、無慈悲に答えを出す。

 少女の体はお世辞にも厳しいこの世界を生きていけるとは思えなかった。年相応どころかむしろ不健康にも見える体はハッキリ言って弱い。

 もしこのまま放り出せば、この少女もあの村の住民と同じ末路を辿る事も理解できた。


「……ねぇ、一つ提案があるのだけれど」


 だからこそ一つの答えを得る。

 少女が唯一、この地獄から抜け出せるかもしれない道を。


龍胆(りんどう)学園に来る気はない?」

「りん、どう?」


 龍胆(りんどう)学園。

 それは祓霊()を抹殺する為に生み出された教育機関の名前だ。人類が生まれて数千年経つ今でも世界を脅かす悪鬼を打ち滅ぼすべく、政府が生み出した施設でもある為にその支援は厚い。


「厳しい訓練もあるけれど、そこなら食事にもありつけれるし、生きるのに必要な知識も覚えられる」


 そのレベルの高さは、入学している寒菊自身が身をもって感じている。

 故に彼女は思ったのだ。

 厳しくも適切な支援と指導を受けられる場所ならば、理不尽な未来を回避できるのではないかと。 

 

「すぐになんて言わない。できるだけ時間をかけて答えを出して欲しいわ。無茶をお願いしているのは申し訳ないけれど」


 まだ幼い女性にその選択を押し付けるのは酷と理解しながらも、死なせない為に寒菊は言葉に出した。

 対して少女は短い思考を終えて、寒菊と目線を合わせた。


「……それって、たいちょう? みたいになれる、んですか……?」


 寒菊にとっては予期せぬ質問だった。

 質問を受けた彼女は僅かに目を開き思考を張り巡らせる。だが答えを出すのにそこまで時間は掛からなかった。

 

「それは貴女次第。私みたいになれるかは、貴女の努力で決まる」

「……うん、わかりました。わたし、そこへ、いきたい……です」

「……分かった。選択をしてくれて、ありがとう」


 帰って来たのはまっすぐな表情。

 決して流されたわけではない、強い意志を宿した瞳が寒菊を貫いた。


 その覚悟を聞いた寒菊は、少女に手を差し伸べながらまた問いかける。


「そういえば聞いていなかったわね。貴女、名前は何て言うの?」

「私? 私の名前は天照(アマテ)──」


天照(アマテ) (ひかり)っていいます」


 後に学園に入り仲を深め。

 そして世界を混沌に陥れた『終末事変』の結末を変える、巨大な運命の出会いだった。

 

 


 


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