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◻︎スクエアサイクル◻︎

これは、四者四様の線で生まれる、

いびつな四角形のはなし。

理正りせい、高校は楽しみか?」

「……まあ、多少は」

「ふへへ、ならいいんだ。いつも通りの仏頂面だから、それが少し気がかりでな」

桜並木は少しずつほどけて、白で希釈したマゼンタの絨毯になる。

さやかな春風の吹く先に拐かされた俺たちは、白も秋も遠のくような、そんな、期待が胸の傍をくすぐるような学び舎へと脚を運んでいた。

「まあ、何かあれば倫呼りんこお姉ちゃんに言うんだぞ。不登校でも購買のあれこれは知ってるんだからな」

「……はは、頼りにしてる。オススメは?」

「ピッチャーの水だな。よく冷えてて、ほんのりレモンが効いてて美味しいんだぞ」

「……食券を買う勇気がなかったのか?」

「そんなことは……なくもないな!」

俺の傍を歩くのは、17歳女子の平均身長であろう姉。これから通う学び舎を俺よりも1年ぶんよく知っている、この春からは同級生。うねりがかったミディアムヘアには桜の花冠が築かれて、象牙色の髪によく映えている。

年が明けるまでは俺と同じ黒髪だったはずなのに、と喉元をくすぐる疑問は、おせっかいな風貌をしているのが嫌で呑んだ。もう消化されているだろうか。

「? 理正、どうした?」

「……いや、その……綺麗に染められたんだなって」

「……それは、その、理正の色にか?」

「違ぇよ。髪だよ髪」

「ふへへ。……綺麗だろ?」

「……まあ」

頬を崩す姉。そんな姉なりの理想や趣向に従ってそうなったのだから、俺にできることは、その背を軽く叩くことだけ。以前の内気な姉も好きだったが、ある程度溌剌とした姉だって、存外悪いものではないから。

「……髪色自由なんだったな。俺も染めればよかったか?」

「そうだな。お揃いならもっと嬉しかったかも……」

「まあ染めないけどな。象牙色姉弟(きょうだい)とか囃されたくないし」

「このままだと白黒姉弟だな!」

「そんな、妥協点が存在しなさそうなあだ名は嫌だ」

そんな、以前とは大きく変わった姉。長い黒髪に添えられた眼鏡が少しだけ恋しいものの、きらきらとした眼差しを向けられる新鮮な味気が妙に口に合うものだから、心躍らないこともない。

大きな風が吹き抜けて、姉に載る花冠は少しだけ形を崩した。そんな姉の頭を見つめていたら、姉は歯痒さの混じった嬉々を浮かべて、俺にも載っていた桜の花弁に微笑むのであった。


♢♢♢


「人がいっぱいだな!」

「な。……姉貴、見えるか?」

「……見えないな。というか、理正のほうが目がいいだろう?」

「俺だってそんなに良くはない。姉貴のコンタクト頼りだよ」

「! 可愛い弟の頼みだ、今だけコンタクトの度数を上げて──」

「便利なコンタクトレンズだな」

人波だって校内放送で警鐘を鳴らすべきだ、という戯言を噛み砕いて、俺たちは少し離れた場所で、クラス表を揃って凝視していた。ひとつ端のテープが剥がれたか、風に煽られてたなびいている。

「……あっ! あったぞ、囃子はやしの字!」

「ナイス。どうだ、2つ並んでるか?」

囃子はやし理正りせい……囃子はやし倫呼りんこ! 理正、私たちクラス一緒だぞ!」

「……1年間、よろしくな」

「うん!」

と、その辺りである程度人混みが閑を覚え始めたのか、少しずつ捌けて、春風の音が顕になる。捌けた人混みに流れ込むように、俺たちもクラス表へと近づいた。

「どうだ理正、知っている子はいるか?」

「いや、今んとこ……あ」

「? いたのか?」

「……アイツ、ここ選んだのか」

既知の名前を見かけた。口角は上がりはしなかったものの、特別下がることもない。強いて言うのなら、ほんの少しだけ波打っている気がする。

「よかったな理正。友だちか?」

「……そんなとこ。姉貴は? 知り合い……って言っても、みんなひと学年下の奴らか。いるほうが珍し──姉貴?」

「ひとつ下だったのか……」

「……いたみたいだな、知り合い」

お互いに知っている名前を見つけて、声を荒げない吃驚を零す。

知り合いと同じクラス。俺は気にならないが、姉はどうなのだろう。目に見えて内気であった去年までをある程度知られているのであれば、色味を変えた姉を見て、驚くだろうか。嗤うだろうか。

けれども、姉の嬉しそうな相好を見て、そんな思考は頭の外に揺蕩って消えた。音もなく解けて、雲の残る青空に溶けていく。

「姉貴の知り合いって、どんな人?」

「師匠だ! 理正の知り合いは?」

「……救えないレベルの腹黒」

「……腹黒かあ」

予鈴はもうすぐ木霊する。俺たちは少しだけ違う歩幅を揃えて、改装されたらしい廊下を優しく駆けて、63平方メートルの箱へと歩みを進めるのであった。


♢♢♢


「ここか。1年3組……」

「なんだか騒がしいな。輪に入れるといいんだが……」

「俺は騒がしいのは慣れてるが……姉貴は大丈夫か?」

「ああ! なにせ、愛する弟と彼がいるからな! 凪いだ心持ちだ!」

教室の引き戸や窓は開いており、そこからはビビッドカラーの喧騒が流れてきていた。起伏のない黒と、くすんだ白。上手く馴染めると有難い。

「お、新しい子だな! 綺麗な髪をして──えっ」

邪馬やまさん、久しいな!」

「……倫呼ちゃん!?」

まず目に入ったのは、教卓の辺りで女子数名と会話を弾ませていたであろう、長身で、姉と似たような髪色をした好青年。長髪を結っていて、整った容姿をしていた。

「えっ、倫呼ちゃんって、俺と同い年……?」

「ひとつ上だぞ! 留年したからな!」

「ひとつ上!?」

整った顔立ちは面白いくらいに崩れてしまって、鼻の頭の先くらいは、吹き込む春風にさらさらとこちらへ運ばれてきている気さえする。

「へ、へぇ……クラス表、ちゃんと見ればよかったな……」

「あ、理正。紹介するぞ! こちらは邪馬さん、邪馬やま瀬雫せなさんだ!」

「よ、よろしく〜……」

焦った動揺を見せつつも、紹介に与った邪馬さんはどことなく頬の紅潮を見せていて。彼は多分、姉を今の姿へ導いた標なのだろう。髪色とか、今ある目の輝きとかがよく似ている。弟としても、会釈だけで済ませるような失礼は控えよう。

「囃子理正です、よろしく。姉貴の知り合いだそうで……」

「あっ、おう! よろしくな! 弟がいるってのは倫呼ちゃんから聞いてたが、俺と同い年だったんだな」

朗らかで快い笑顔だった。標にすることに後悔をいだかなさそうな好青年。女子だけを侍らせているものの。

思い返せば、姉は彼の話をしていた気がする。先週の入学式まで引きこもっていた姉だが、数少ない会話の中に彼のいた形跡はあった。

「邪馬さんが同じクラスなんて、夢みたいだ……!」

「い、1年間よろしくな!」

「ああ!」

姉に尻尾があれば、きっと無意識に振り回しているだろうな。多分その風圧は春風よりも激しそうだ。

「ねぇ瀬雫くん〜? 今は火月ひづきたちと話そうよ〜♡」

「お、おう! 倫呼ちゃんと、理正も! 後で話そうな!」

「うん! また後でな!」

教卓前を通り過ぎて、いちばん大きな喧騒を遠ざける。

「……囃子〜。今度その女連れて、あたしと瀬雫くんの邪魔したらブッ殺しだかんね〜♡」

「……変わんねぇな、木土きど

「クソ日和見野郎のお前よりは断然マシだけど♡?」

木土きど火月ひづき。生まれ持っての腹黒が広げる、耳よりも心を掻き毟りたくなるような、そんな喧騒を。


♢♢♢


「んなわけで、初めてスプリットを倒せたんだよな!」

「流石は邪馬さんだな!」

「で、倫呼ちゃん。理正と、火月ちゃんも。この後一緒にボウリング行かねぇ? みんな最寄り一緒だし、駅前のとこで! 夕方までには解散って感じで!」

「いいな!」

「賛成」

「え〜♡行くいく〜♡火月、ボウリングほとんどやったことないから、瀬雫くんに教えてもらいたいな〜♡」

まだ日も高い中、奇遇にも最寄りが同じの俺たち4人は、仲良しこよしの帰路に着く。音を立てずにひかがみを蹴られている俺を露知らず、姉と瀬雫は会話にそれぞれの花を咲かせていた。

「……木土」

「黙れ♡声上げたら車道横断の刑ね〜♡」

「そういや倫呼ちゃんって、イチゴ好きだよな! ボウリング場でイチゴフェアしてるし、投げるの疲れたら食べようぜ!」

「ああ! 邪馬さんはパフェ好きだからパフェだろ? 理正は──」

「……剥がせ♡」

「……無理言うな」

この髪も腹の底も真っ黒い性悪女という面倒を一身に注がれるのは3年ぶりだろうか。小学校から変わらないコイツの性格への所感。

「へぇ! 理正は桃が好きなのか!」

「うん? ああ、果物だと絶対に桃だ」

「じゃあ夏にも行こうぜ! 去年の夏は桃フェアしてたし、今年も多分同じだろ!」

「はは。スイカフェアになってないといいな」

「怖いこと言わないでくれよ!」

「邪馬さん、スイカ苦手だもんな!」

「倫呼ちゃんだってあんまり好きじゃないだろ?」

「だな! ふへへ……」

春なのに熱い。熱線が右隣から放射されている。膕を襲う蹴りの威力は次第に増していく。それでも──

「……なあ、剥がせよ」

「…………」

「……無視すんな♡あと3秒で車道ダッシュ〜♡」

本当に木土火月コイツ、顔だけは……!

「何笑ってんのキモチワル……お前ってマゾだっけ……?」

「……変わってねぇな、って」

「……死ね♡」

「あ、あと5分で電車来るぞ! ちょっと急ぐか?」

「10分もすれば次が来るだろ? まだ邪馬さんとゆっくり話したいな!」

「! おう!」

「……♡」

「痛ぇ……」

同じ学年の姉と、女好きっぽい好青年。性悪の腹黒女。少しいびつで愉快な高校生活が始まりそうだと独りごちた俺の膕には多分、大きめの痣ができていた。

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