明日はまだ、何も決まっていない
三人はいつも一緒にいた。
恋愛の意味も分からずに、何となく三人で居るのが楽しかった。
しかし、そんな日々も変わっていく。
キッカケは……高校への入学だった。
一日が過ぎる度に、彼らの関係は大きく変わっていく。
都立若葉台高校。
入学を祝福する様に桜が咲き誇る通学路では、二人の男女がゆっくりと学校に向かって歩いていた。
少年の名前は御堂 悠希。
身長182センチ。やや癖のあるこげ茶の髪に、やる気のないタレ目。
しかし、整った顔立ちは異性のみならず同性すらも惹きつける物で、通りを歩く人たちは彼に目線を奪われていく。
だが通行人の視線を奪っているのは 悠希だけではない。
悠希の隣を歩く少女、神代 彩花もまた多くの視線を受けながら真新しい制服を着て通学路を歩いていた。
悠希よりも明るい栗色のふわりとした腰まで伸びる柔らかく長い髪を風に靡かせて、新緑の森から生み出された様な輝く翡翠の大きな瞳で悠希を見つめながら微笑む。
その姿はまるで、童話の世界から飛び出してきた妖精の様であった。
そして、何よりも周囲の目を引いたのは、二人の距離感だろう。
兄妹というよりは恋人の様な、互いを信頼しきった距離の近さは、彼らを見ていた人たちの『もしかしたら』という可能性を粉々に砕く物であった。
故に、誰も彼もが彼らを遠巻きに見ているのだった。
が、しかし。
そんな理想的な恋人の様に見えている二人には、誰にも言えない悩みがあるのだった。
「あー。緊張してきた。今日から高校生かぁ……吐きそう」
「大丈夫だよ。彩ちゃん勉強出来るし。中学もほら、何だかんだ上手くやってたじゃない」
「それを言うなら、悠希の方が成績上だし、バスケだって上手かったでしょ」
「それは……まぁ、運が良かっただけの様な。成績だって、バスケだって、アオちゃんの方が上だし」
「アオ君と比べてもしょうがないでしょ。アオ君は人類のバグみたいなモンよ」
「そう言われると、確かに……?」
「だから、悠希は悠希らしさで頑張るしかないわ。ほら、昨日の夜誓ったでしょ?」
「高校デビューして、人気者になって、恋人を作るって? やっぱり無理じゃない? 僕らが人気者になれる訳ないじゃない」
「それはそうだけど! 夢は大きな方が良いでしょ。海賊王に俺はなる! みたいな感じで」
「彩ちゃん。オタクっぽい発言はNG。なんでしょー?」
「はっ! だ、誰も聞いてないわよね?」
「大丈夫大丈夫」
悠希は、彩花の頭を慣れた手つきで撫でながら周囲にサッと目線を走らせた。
クセの強い髪の隙間から見える色気の多いタレ目と泣きぼくろは、道行く少女たちの心臓を容易く貫いたが、彼女たちがサッと視線を逸らした為、悠希はポーカーフェイスを保ったまま心にグサリと大きなナイフが突き刺さるのを感じた。
そして、歩きながら悠希に撫でられた事で、やや体勢を崩しつつも周囲を伺う彩花は、テレビに出る様なアイドル顔負けの可愛らしい顔立ちで、彼女を見ていた少年達を見上げる。
写真集でしか見た事が無い様な可愛らしい少女が自分を上目遣いで見ているというシチュエーションに耐えられなくなった少年達はサッと、彩花から視線を逸らしたが、それもまた彩花の心にグサリとナイフを突き刺すのだった。
「……くっ」
「はぁ……」
二人はため息を吐きながら、『避けられている』状況に落ち込むが、世界の認識と彼らの認識は絶望的なまでにズレていた。
何故、この様な事になっているのか。
それは、彼らの親戚や家族も同じ様に整った容姿をしており、自分達の容姿が優れている事に気づいていない。
という事もあるのだが……。
最も多い原因は、悠希と彩花の幼馴染にあった。
「おっはよう! 悠希! 彩花! いやー、学校に着く前に追いついて良かったよ」
「ホントにね。葵は大丈夫だった?」
「うん。ダイジョーブ。慣れたからさ。まぁ、でも制服のボタン全部無くなっちゃった」
「えぇ? あ、ホント。どうしたの? これ」
「いやー、何でもさ。卒業式に第二ボタン貰えなかったから、入学式に貰いに来たんだって! あっはっは。笑える!」
「「えぇ……」」
朗らかに笑う葵の発言に、悠希と彩花はやや引いた様な反応を見せたが、葵は気にしない。
気にしないまま、二人に追いついて、彩花の隣に並ぶ。
山瀬 葵。
悠希と彩花の幼馴染でありながら、人類のバグと呼ばれる葵は、容姿こそ悠希や彩花には及ばないが、それ以外の全てで規格外であった。
中学時代の成績がトップであり続けたのは勿論の事、全国模試で7位という結果を出してみたり。
未経験者ばかりを集めたバスケチームを全国大会まで導いてみたり。
他諸々、積み上げてきた実績は数知れず。
葵はどこに居ても輝いていた。
そんな葵だが、能力だけでなく性格も非情に明るく友好的で、どんな相手でも一分で親友になってしまうコミュニケーション能力と、バカみたいな明るさ、困っている人を見捨てられない善良さと、相手が誰であれ態度を変えない純粋さで、中学……いや、小学校時代から非常にモテていた。
もしかしたら悠希と彩花が観測出来ていないだけで幼稚園の頃からモテモテだった可能性はある。
だから。
そんな葵が幼馴染としてずっと近くに居たからか。
悠希と彩花は自分が平均以下の人間だと思い込み、モテない、人間関係が上手くいかないと嘆いているのであった。
なんという悲劇であろうか。
いや、喜劇かもしれない。
「それで? 二人で何の話してたの?」
「そりゃまぁ、昨日の夜話した感じの話」
「あー、人気者になってモテて、みたいな話?」
「そう」
「アオ君はモテモテだけど、私たちは教室の隅でうずくまっている影だからさ。人気者になってみたいの」
「ふーん」
葵は彩花の話に微妙な反応を示しながら腕を組む。
納得出来ないというよりは、理解出来ない。という様な顔をしながら唸り声を上げた。
そして、軽く息を吐くと、いつも変わらない明るい調子で話し始める。
「モテる。って多分そんなに楽しくないよ?」
「そうなの?」
「だってほら。結局付き合う相手は一人な訳だし。それならたった一人と心が通えば良いワケじゃない」
「それは、そうだけどさ。たった一人と、どうやって出会うのさ。結局教室の端に居たんじゃ、知り合えないよ」
「うーん。それは確かにそうだけど。ほら。二人はもう出会ってるかもしれないよ? 運命の相手とさ」
「「運命の相手!?」」
葵の言葉に身を乗り出しながら声を揃える二人を見て、葵は苦笑した。
そして、苦笑しながら二人を導く様に言葉を続ける。
「ほら。すごく身近な所にさ。居るかもしれない」
「身近って……」
「もしかして……」
「うんうん」
悠希と彩花は、互いに見つめ合いながら一つの答えを導いた。
そして、勢いのまま葵にその『答え』を投げ返す。
「アオ君のこと!?」
「アオちゃんのこと!?」
「だー! なんでさ!」
想定していなかった答えに、葵はツッコミを入れながら、笑う。
また今回も駄目だったか、と。
「確かに、アオ君と付き合えたら最高だけど……私、ファンの子に殺されちゃうよぉ」
「アオちゃんは確かに凄いけど、僕なんかじゃあ、釣り合ってないって言われちゃうよ」
見当違いな言葉を重ねている二人に葵はどうしたものかなと考えながら、これから三年間通う事になる通学路を歩く。
葵が二人の想いに気づいたのは中学の頃だった。
自覚は無いだろうが、二人は間違いなく思い合っている。
それが恋なのか、愛なのか。
まだ判断は出来ていなかったが、それでも二人が二人で居る事が一番自然で、良い関係だと思ったからこそ、葵は中学時代もまずは二人の思いを自覚させようと動いて来たのだ。
しかし、結果は先ほどまでと同じ。
二人はよく分からない勘違いをして、違う方向へ走ってしまう。
(まったく、世話のかかる二人だよ)
葵は嘆息しながら混乱している二人と共に歩く。
が、そんな風に達観している葵もまた、これから冷静ではいられない恋の嵐が待っているのだが。
今はまだ、誰も知らない。
彼女たちの高校生活はまだ、始まったばかりなのだから。