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『村ノ掟』  作者: 雨徒然
8/27

1-8

 夜の村は、昼間とはまるで別の場所のように静かだった。


 電灯は少なく、灯りの届かない場所には黒い闇が広がっている。

 足元を照らす懐中電灯の光は心もとなく、山道の影を不自然に揺らしていた。


 和泉春人は一人で、神社へ向かっていた。


 家を出るとき、母は既に寝ていた。父の気配もなかった。

 まるで――わかっていたように。

 春人がどこへ向かうのか、なぜその夜に限って物音を立てても咎められなかったのか。考えたくはなかったが、胸のどこかが冷たくなった。


 山の麓に差し掛かる頃には、辺りに霧が立ち始めていた。


 春の夜はまだ冷える。

 草の匂いと湿った土の気配が、鼻先をかすめていく。


 それでも、春人は進んだ。


 神社への道は、村の外れにある古い参道だ。

 普段は誰も通らないその道は、雑草に覆われ、木の根が石段を持ち上げるようにせり出している。

 足を踏み外せば、転がり落ちかねないほどに荒れていた。


 そして、視界の先――木々の隙間から、大きな鳥居が見えてきた。


 真っ黒な木でできた鳥居。腐敗の気配こそないが、時間の重さをそのまま飲み込んだような色をしていた。

 鳥居の中央には、異様に低い位置にしめ縄が張られている。

 くぐるには身をかがめなければならない。まるで、それが“通ってはいけない”という無言の拒絶であるかのように。


 春人は一歩、二歩と近づいた。


 手のひらが汗ばみ、喉の奥が渇いた。

 それでも、鳥居の下をくぐろうとしたそのときだった。


「やっぱり、来たじゃん」


 不意に、後ろから声がした。


 びくりと振り返ると、そこには――真希が立っていた。

 腕を組み、いつものように呆れた顔をして。


 春人は息をのんだ。


「なんで……」


「まったく、あんたってほんとに馬鹿。楓が心配してたよ。私もだけど」


「楓は、来てないのか?」


「来てない。あの子はちゃんと家で寝てる。私は……あんたを放っとけなかっただけ」


 真希は乱れた息を吐きながら、春人の目を見た。


「なんでそんなに、神社のこと気にするのよ」


「……知りたいんだよ」


 春人はポケットの中で、拳を握りしめた。


「ずっとさ。なんでみんな、あそこを避けてるのか。誰も説明しないくせに、“行くな”って、言うだけで」


 真希の顔が曇った。


「それでも、あんた一人で行こうとしてたの?」


「止めたじゃん、昼間も。だから、お前が来ないなら……俺だけで行こうって」


「……ほんと、バカ」


 ぽつりと、真希はそう言った。


 でもその声には、怒気も呆れもなかった。

 ただ、どこか寂しげで――震えていた。


「ねえ、春人……」


 真希は一歩、春人に近づいて、うつむき加減に言った。


「もし、あんたが……戻ってこなかったら、どうすんのよ」


「……戻ってくるよ。俺は、ただ確かめたいだけなんだ。なにが、あそこにあるのか」


「私……やだよ。あんたがいなくなるの」


 そう言った真希の瞳には、強がりとは違う、本音が宿っていた。


 春人は戸惑った。こんな真希の顔を、見たことがなかった。


 返す言葉が見つからないまま、春人はわずかにうなずいた。


「……ありがとう。でも、行くよ。来なくていい」


 「っ……!」


 真希は何かを言いかけたが、結局、言葉にならなかった。

 そして、口をへの字に結び、春人から背を向ける。


「もう、知らない。……バカ」


 その一言を残して、真希は山道を駆け下りていった。


 春人はその背中を、しばらく見つめていた。

 けれど、迷いはもうなかった。


 しめ縄をまたぎ、鳥居の中へ――春人は、踏み込んだ。


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