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放課後、春人はいつものように校舎裏のベンチで二人を待っていた。
楓は先生に呼ばれて、手伝いを頼まれていた。真希はその楓を待つと言って、昇降口のあたりでぼんやりしているらしかった。
空には、春の雲がゆっくりと流れている。山の稜線の向こうに、少しずつ陽が傾き始めていた。
春人はふと、制服のポケットから飴玉を取り出し、口に放り込む。甘さが舌に広がり、少しだけ気持ちが緩んだ。
けれど、胸の中には昼からずっとくすぶっているものがあった。
――あの神社のことだ。
昨日も夢に出てきた。
鳥居の向こう、誰もいないはずの神社の境内に、何かがいた気がした。
白くて、揺れていて、けれど、それが花だったのか、それとも“人”だったのか、春人はわからなかった。
「……何ぼーっとしてんの」
声をかけられて振り返ると、真希が立っていた。
腕を組み、やや不機嫌そうな表情。だが、陽射しに髪が透けて見えて、少しだけ柔らかく見えた。
「楓、まだなのかなぁって思っただけ」
「あとちょっとって言ってた。あんた、待てないなら先帰れば?」
「別に、急いでるわけじゃないよ」
会話が途切れた。
少しして、周囲に聞かれないように春人は声を落として切り出した。
「なあ、真希……お前、神社の中って見たことあるか?」
真希は一瞬、反応が遅れた。目を細め、春人を睨むように見つめる。
「は? なに言ってんの、あんた」
「気になってさ。中、どうなってんのかなって」
「馬鹿じゃないの。子どもが入っちゃいけないって、ずっと言われてきたでしょ」
「言われてきたけど……でも、なんで駄目なんだよ。誰も理由を教えてくれない。あんな大きな神社が、年に一度しか使われないなんて、変じゃないか?」
真希は言葉に詰まり、少し唇をかんだ。
春人は続けた。
「何が祀られてるんだろうな。ほんとに“神様”なのかなって」
そのとき、背後から小さな声がした。
「……やめた方がいいよ、春人くん」
二人が振り返ると、そこには楓が立っていた。手に教科書の束を抱えたまま、眉をひそめていた。
「冗談じゃないんだ。うち……父から、あそこに入ったら本当に“神様に連れていかれる”って、何度も聞かされてる」
「神様に、連れていかれる?」
「昔、本当にいたんだって。掟を破って、境内に入って、戻ってこなかった子が」
その声には、冗談や誇張ではない何かがあった。
春人は口を閉ざした。けれど、心の奥にはやはり、何かがざわついていた。怖い話だと分かっていても、その奥に隠された“本当”があるような気がしてならなかった。
しばらく沈黙が続いた後、真希が口を開いた。
「あんた、まさか……行こうとしてるの?」
春人は答えなかった。けれど、その沈黙がすべてを語っていた。
「……信じらんない」
真希は呆れたように吐き捨て、踵を返した。楓は立ちすくんだまま、春人の顔を見つめていた。
春人は目を伏せた。
風が強くなり、山の方から花の匂いが漂ってきた気がした。