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『村ノ掟』  作者: 雨徒然
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1-2

 朝、学校へ向かう道は一つしかなかった。


 山の尾根沿いに細く続く獣道のような小道を、春人は毎朝歩いていた。通学路と呼ぶにはあまりに心もとないが、村の子どもたちはみんな、この道を使って学校へ通っている。


 登り坂を越え、視界が開けたところで、春人は見慣れた背中を見つけた。


「おーい、真希!」


 声をかけると、少女はぴくりと肩を揺らしたが、振り返りもせず、そのまま歩き続ける。


 やがて追いついた春人は、笑いながら隣に並んだ。


「なんだよ、無視か? 冷たいな」


「……朝からうるさいの」


 短くそう返したのは、高橋真希。春人とは同い年で、物心ついた頃からの幼馴染であり腐れ縁だ。口調は常に刺々しく、喧嘩を売るような目つきをしているが、なぜか毎朝こうして一緒に登校してくれている。


 「してくれている」などと言えば、本人はきっと怒るだろうが。


 春人は肩をすくめ、言葉を探す。


「別にさ、喧嘩したいわけじゃないんだけど」


「じゃあ黙って歩けば?」


「……はいはい」


 そんなやりとりをしていると、今度は前方にもう一人の少女が見えてきた。村でも一際大きい家。その前で待つのは、透き通るような黒髪に、整った後ろ姿。彼女の名前は、杜宮楓ともみや かえで。村長の娘であり、春人や真希とは小さい頃からの幼馴染だった。


 頭が良くて、面倒見もよくて、村の大人たちからも信頼されている。村で最も“優等生”らしい少女だ。


「おはよう、楓」


 春人が声をかけると、楓はやわらかく振り返り、微笑んだ。


「おはよう、春人くん。真希ちゃんも」


「……おはよ」


 真希は視線を逸らしながら、少しだけ声を絞り出すように言った。


 三人は、長いあいだずっと一緒にいた。


 でも最近になって、少しずつ距離が変わってきたように春人は思う。


 真希はなぜか春人に対して刺々しく、気に食わないような態度ばかり取る。けれど、そのくせ春人のすることが気になって仕方がないらしい。

 楓はその二人の間に挟まれて、いつも穏やかに笑っている。けれど春人には、その笑顔の奥に、何かを押し殺しているような影を感じることがあった。


 春人自身も、自分の気持ちがよく分からなくなっていた。


 気づけば目で追っているのは、楓の姉――椿の姿だった。


 昔から優しくしてくれていた椿は、まるで春人にとって姉のような存在だった。けれど成長するにつれて、春人の中でその感情は少しずつ変わっていった。


 椿に認められたい。子どもじゃないって思われたい。

 そう思えば思うほど、春人は「この村の掟」のことが気になっていった。


(あの神社には、何があるんだろう)


(大人になれば自然と分かるって……それって、今じゃ駄目なのか?)


 そんなことを考えながら歩いていると、楓がふと足を止めた。


「ねえ、春人くん」


「ん?」


「今夜、うちでご飯食べていかない? お父さんが、久しぶりに魚を釣ってきたって」


「いいのか? じゃあ、お言葉に甘えて」


 そのやりとりを聞いた真希が、わざとらしく咳払いをした。


「あんたさ、いつも楓の家に入り浸ってんじゃん。ちょっとは遠慮しなよ」


「なんだよ、また始まった」


「始まったって、あんたが……」


「……もう、また?」


 楓が困ったように微笑んで、二人の間に入る。そうして三人での通学路は、いつもの調子で終わっていくのだった。

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