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不吉の後兆

天上界は夜を迎えていた。

ある湖のほとりで静かにただずむ神がいる。その神の名を月読命つくよみのみことと言い、伊邪那岐命いざなきのみことより命を受け、地上界の「夜の世界」を治めている神だ。

「…綺麗なものだ。」

夜空を見上げてそう呟いた神の瞳は感動に浸っているようには見えず、どこか憂いを含ませていた。そんな月読に近づく者がいた。

「いい夜ね、月読。」

「…姉上。」

姉と呼ばれた物の名は天照大御神あまてらすおおみかみと言う。月読と同じく伊邪那岐命より命を受け、地上界の「昼の世界」を治めている。

「素晴らしい夜だというのに、貴方の心は晴れないようね。」

「空を覆っていたものがなくなり喜んではいる。だが…失ったモノを思うと感動に浸れない。」

「…そうね。」

数百年前に人類が直面した温暖化はまさに脅威だった。温暖化の原因となる化学物質の捻出を押さえても、それは焼け石に水。身から出た錆の精算をどうするのか、人類は選択を迫られていた。

そして人類は神の力を求めた。温暖化を止める方法、それは太陽からの光を遮断することだった。大気に溜まった熱を押さえるには、それしか考えられなかったのだ。

「それが罪のはじまりだったわ。」

「…そうだな。」

太陽からの光を遮断することを求められた天照は、苦渋の決断の末それを引き受けた。生ける者にとって太陽の光はなくてはならないもの。光によって得るものは少なくなかった。

その光を遮断させたことで木は枯れて、生き物は減り、とうとうそれらすべては姿を消した。もちろん人類もただでは済まなかったが、科学の力が自らを助けた。そうして地上界に生きる者は人類のみとなったのだ。

「今は亡き魂を思うことしかできないことが、はがゆい。」

「…思い続けましょう。そうすればいつの日か、きっと。」

人類が犯した罪は思い。だがそれを振り返るのはまだだ。彼らの業が変わらない限り、そのときは訪れないのだから。


。・。・。・。・


荒魂が出現したと指令を受け取った瑞稀(みずき)は海岸へと向かっていた。道路を走り海の方を目指す。潮の香りを感じたとき、同じくして視界に荒魂を取らえた。

「大きいですわね。」

海岸の大半を埋めるほど影は大きかった。その全貌を確かめるため瑞稀は堤防に登る。見渡した影は横に大きく広がり高さは建物二階ほどあった。

「ふんっ、相手に不足はございませんわ。」

「…よっと。うわぁ、すごいでかいですね。」

人の何倍以上もある荒魂に怯むことなく巫は鼻で笑った。すると遅れてやってきた巫が堤防に登り瑞稀の横へ並ぶ。

「ご機嫌よう、(もく)の子。貴方一人でして?」

「こんにちは、(すい)(かた)。残念ながら自分だけなんです。」

はじめに海岸へたどり着いた女の名は瑞稀。黒い長髪を背中へ流し頭には藤の花の簪が挿されている。瞳の色は冥色。水の神の巫で、位は一級だ。

遅れて来た女の名は木葉(このは)。肩あたりまであるくせ毛の色は茶髪で、瞳の色は翠色。木の神の巫で、位は二級である。

携わった相手が格下の二級である自分であったことに運が悪かったと思ってほしくて、木葉は自重気味に言った。その言葉を聞いた瑞稀は、ぴくっと眉を吊り上げる。

「あら貴方、わざわざ謙遜するためにこちらへ来たの?そんな巫は必要ありませんわ、今すぐ立ち去りなさい。」

瑞稀は位が下だからと言って区別するつもりはなかった。自分たちは荒魂を消し去る指令を与えられた同士なのだ。階級ごときでその志を蔑ろにするなら容赦はしない。

「っ情けないことを申し上げました。己の限界をもって立ち向かいます。」

「それでこそ巫でしてよ。」

スパルタな先輩だと感じとった木葉はすぐさま態度を改める。そして目の前に横たわる荒魂を(はら)う方法を相談するため、瑞稀に尋ねた。

「どうしましょうか。とりあえずどこか斬りつけてみます?」

「相手の反応を見るにはそれしかありませんわね。」

「わかりました。先制は私におまかせを。」

先制攻撃は危険が伴う。相手の隙をつくために身を投げ出すと言っても過言ではない。つまり二級の木葉にとって先制を担うのは当然のことだった。

「お待ちなさい、それは良策ではなくてよ。貴方、動きが鈍いんじゃなくて?」

「え…」

「大槍なのですからそれくらい想像つきますわ。比べてわたくしは弓。素早さに長けていてよ。ですからわたくしが先制ですわ。」

「っそれではあなたが危険だ!」

「何も生を投げ出そうとしてはいませんわ。わたくしはただ、勝率の上がる提案をしたまでです。」

彼女から出た言葉に木葉は驚愕した。確かに先制攻撃が外れれば反撃をくらうリスクがある。戦闘では当たり前なことだが、木葉はそこまで考えが至らなかった。いや、階級の差が無意識にそうさせていたのだ。

「…不遜な態度をお許しください。」

「貴方のそれは思い上がりではないけれど、自身の生を軽んじた行いよ。改めなさい。」

「かしこまりました。それでは先制攻撃をお任せいたします。」

「よろしくてよ。わたくしに続きなさい!」

「はっ!」

堤防から飛び降りた瑞稀のあとを、すぐさま飛び降りた木葉は遅れずに続く。荒魂との距離を縮めたところで、瑞稀は構えていた弓を放った。青色を纏わせた弓は影の中央に突き刺さる。

 !ーー…

一瞬怯んだ影はその身を起こしこちらを振り返る。その隙に木葉が緑色を纏わせた大槍を大きく振りかぶり、横に一閃を投じた。

 ー!!ーー

続けざまに痛みを与えられた荒魂は、その影を海の方へと動かす。その行動で下位の荒魂ではないと、巫たちは気がついた。

「こちらを見ませんわ。木の子、警戒なさい!」

ほとんどの荒魂は意思を持たずただそこに漂うだけで、攻撃を受ければ対象に意識が向く程度の行動しかしない。だがこの荒魂は意思を持ち海の方へと向かった。

「このまま行かせていいのでしょうか!?」

「予測ができませんわ。様子を見るしかありませ『は〜い、ここからはこっちにまかせな〜。神仕(じんし)部隊は暇しといて〜』

突如、場にそぐわない間延びした声が瑞稀の声を遮る。堤防の方からゾロゾロとやってきた人影を尻目に、先頭でやってきた人物に瑞稀は話しかけた。

「…造人(ぞうじん)部隊が何の御用でして?」

語尾を伸ばしたその人物は造人、いわゆるアンドロイドだ。その見た目は人と変わりはなく、肌は触れれば弾力がある。感情も持ち合わせているため、会話してるだけではアンドロイドだと分からない。違いがあるとすればそれは目だった。

彼らの目には科学の力が内蔵されており、あらゆる計測が可能だ。重さ・量・長さはもちろん荒魂の階級さえも測れる。計測中はその瞳孔の色を変え、細い縦型の楕円に変わる。

瑞稀に話しかけられたアンドロイドの名を鋼鉄(こうてつ)と言った。雰囲気からして、どうやら二人は顔見知りのようだった。

『上からのお達しでねぇ、神仕じゃあちーとばかり酷だろうとね〜』

「わたくしたちで充分ですので、あなたがたは下がってなさい。」

『そう言われてもねぇ、瑞稀ちゃん。こっちも仕事なもんで〜』

「あぁもおっ!語尾を伸ばしなさんな!鋼鉄!」

『え〜…』

「勘に触りますわ!お止めなさい!!」

『でもこれプログラミングされてるからな〜。』

「す、水の方…」

何やら言い合いを始めてしまった2人を止めようと木葉は声をかけるが効果はない。すると造人部隊の中から声がかかった。

『鋼鉄隊長、命令を。』

『亜鉛小隊長〜そう焦りなさんな。アレはまだ動かないし〜?」

『海の方へ向かっています。潜られては厄介だ。』

「それは浅慮でしてよ。海に向かった理由が必ずありますわ。それを見極めない限り、早計はよくありません。」

鋼鉄の言いたいことを代弁した瑞稀は、小隊長と呼ばれたアンドロイドを進撃に見つめた。その視線をものともせず亜鉛(あえん)は鼻で笑う。

『水の者は怯えているだけだろう。俺たちは違う、例え停止しようともこの(かたまり)を動かすのが指名だ。』

部隊にあがったアンドロイドの大半は自己犠牲を厭わなくなる。それは自己の核を軍で保管したことで、例え身体が壊れても(きおく)は残る。そのため壊れることは問題ないと考えるのだ。瑞稀はそんなアンドロイドの考えが好きになれなかった。

「っこれだからアンドロイドは嫌ですわ。勝手になさい!」

『言われずとも。隊長、許可を。』

『ん〜…まあ、これも経験かなぁ。いいよ〜行っておいで〜』

『御意。続け!」

小隊を引き連れて亜鉛は進み出る。その間に影を海へ浸からせた荒魂はぴたりと動きを止めた。動かなくなった影を見て好奇だと判断した亜鉛は進む足を早める。

『止まれ!』

目と鼻の先に荒魂を捉えた小隊は動きを止め、肩に下げていた銃を構える。そして一切に打ちはじめた。

 ーーー…

弾は確かに影を打っているが荒魂は微塵も揺るがない。その異変に気づきながらも亜鉛はさらに弾丸を浴びせ続けた。アンドロイドの的中率はほぼ100%、外さない弾丸はしっかり荒魂を打ち、着々とその身に弾丸を増やしていく。

すると突然、荒魂は影の色を濃くし横たわらせた片方を大きく上げた。そして高くあげられたそれを大きく海の水面へと打ちつける。

 バッシャーーーン シュンッ シュシュッ

『っ!?かはぁっ!』

『ぐぅうっ!』

『あぁあっ!!!』

打ちつけた勢いにより、影に溜めこまれた弾丸が弾き出され、アンドロイドを襲う。

「下がりなさい!!!」

いつのまにか海岸に辿り着いていた瑞稀は、号令を響かせて弓を空に向けて引いた。放たれた矢は雲を打ち雨雲を呼ぶ。雷鳴を響かせた雲は雨を降らせ水を満たした。降り出した雨に驚いた亜鉛は瑞稀を攻める。

『っ水属性に雨を与えるだと!?』

「これで止まりますわ!今のうちに逃げなさい!!」

自らを海に浸らせ、(ごん)属性を取り込んだことから、この荒魂が金属性と相生(そうしょう)する水属性であることが知れた。そして瑞稀の言葉とおり、荒魂はその動きを止めていた。

「天からの恵雨(けいう)は水属性にとって至高。隙を与えるには充分ですわ。」

『ありがとねぇ、瑞稀ちゃん。面倒かけたねぇ…』

「大したことではありませんわ、鋼鉄。あなたの指導は間違っていません。」

『…すまないね。僕たちは後方に下がらせてもらうよ。』

「よろしくてよ!あとはわたくしたちにお任せなさい!」

そう高々に宣言した瑞稀は、自信に満ちた表情を木葉へと向け、言い放った。

「木の子!わたくしが道を作ります!貴方はその大槍で、アレを(あら)いなさい!」

「か、かしこまりました!」

彼女の勢いに押されて木葉も腹を括る。そして瑞稀は弓を強く引き狙いを定めた。狙うは海を漂う荒魂。

「構え!」

その号令を木葉は幾度となく部隊で聞いてきた。上官の号令で臨戦体勢を取り、次の言葉で動くーー

「ーー()てっ!!」

刹那、矢が打ち放たれた。放たれた矢は空間の一体を青く光らせ海に道を作る。

『ひゅ〜♫やるねぇ。』

部下を連れて後方の堤防へと下がった鋼鉄は、その圧巻な風景に口笛を吹く。身体を負傷させた亜鉛はただ呆然と見惚れた。これが(みこと)から与えられた愛子たちの神業(かみわざ)なのか、と。

号令とともに海の道を素早く走り渡る木葉はきたる一撃に備えるため、大槍を背中に構えた。矢が影に突き刺さったそのとき、空間を揺るがす音が響き渡る。

 ッーー!!ーー

攻撃を受けた荒魂はさらに影を海へと潜らせようと動いたが、巫の大槍は届く。

「はあぁぁあっーー!!!」

 ザンッ

 !っーー………

木葉の一撃で荒魂はやっとその影を散らせていく。空へと昇る黒い残骸はやがて薄れていき消えていった。海の上で大きく肩で息をしていた木葉は、その情景を見つめた。

(あら)えた…」

「見事でしてよー!木の子ー!」

少し離れた海岸から、瑞稀は木葉へ労いの言葉を投げる。

「早くお戻りなさーい!道が消えますわー!」

「…っえ!?消える!?わー!!」

金槌である木葉は溺れてしまう前に、急いで来た道を走って戻った。辿り着いた先で待っていた瑞稀は、無事に戻った部下に賛辞を贈る。

「素晴らしい一撃でしてよ!采配した甲斐がありましたわ!」

「…よ、よかった……です」

息も絶え絶えに木葉は上官に答えた。だがすぐさま体勢を整え、身をかがめて頭を下げる。

「水の方、的確な采配に心から敬意を表します。」

「当然のことをしたまでですわ。木の子、貴方もよく着いてきてくれました。」

「有難きお言葉!」

『いや〜、天晴れ。さすが神の愛子(いとしご)だねぇ。』

鋼鉄は拍手をしながら海岸にいる二人へ近づいた。その表情は申し訳なさが滲み出ている。そんな鋼鉄へ信頼を込めた瞳で見つめた瑞稀は言った。

「もう一度言いますわ。貴方の采配に間違いはなかった。わたくしはそう考えていてよ。」

『…不甲斐ないな、ほんと。次はしっかり貢献できるよう、部隊をみっちり整えておくねぇ、瑞稀。』

「期待していますわ、鋼鉄。」

ひらひらと手を振り去っていく鋼鉄の背中を二人は見送る。ようやっと浄いを終わらせた巫は、息をつく。

「それにしても、あの荒魂は何の水属性だったのでしょうか。」

荒魂には必ず五行属性があった。そして今回の荒魂は"水"に関係する"大きな"もの。

「…わたくしたちと同じ生態よ。」

「あれが私たちと同じだと?大きさがまず違いすぎますが…」

「そうね、想像つきませんわね…」

過去の記憶が蘇る。育てのアンドロイドが教えてくれた尊い生命のことを。

「あれはきっと…(くじら)ですわ。」

「くじら?」

かつては海の王者としてその名を馳せた哺乳類の頂点。陸を制した人類とは真逆の存在だったそれは、もうその姿を見ることはない。

人類が犯した罪により絶滅した生命。その存在を知るには文献を(あさ)るしかない。その行いをする者は考古学者くらいだ。そして瑞稀の育てのアンドロイドは考古学者だった。

「…知らなくて当たり前ですわ。」

荒魂が絶滅した生命なのではないかと、考古学者たちは言う。それを聞いてきた瑞稀は、荒魂に出くわす度に、その可能性を否定しきれなくなっていた。

「真実が迫っていますわ。」

影が出現した原因が何なのか、それに勘づいた者がいる。その原因を解き明かすため彼らは進み続ける。その後兆が例え不吉を呼ぼうとも。

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