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前兆

日本の神話に関連した話が書きたかっただけです。

雨が降っていた。空は曇天としておりしばらくは止みそうにない。

昼間でも暗さを含んだ中つ国の海原国(うなばらくに)(現在の中国地方一帯)には、高いビルが立ち並ぶ。ビルの合間を道路が通っており、その中央には一本線のネオンが光っていた。

ネオンの上を走る電動車は、すべて自動操縦である。そして道を走るのは原則車のみで、人は専用の通路を通らないといけない決まりだ。電動車に乗っている人物は、突然横に逸れた車に驚いて声をあげた。

「おっと!?」

電動車は大きく道を外れて、すぐさま元の道へと戻る。通り過ぎた道を振り帰れば、大きな影が目に入った。

それを確認した人物は大きなため息をつく。

「…一歩間違えたら当たってましたね。」

『100%そんなことはありえない。』

「そうは言ってもやっぱり焦りますよ。」

『喧嘩売ってんのか?』

「信用してないわけじゃないありません。お許し下さい。トヨクモ殿。」

『のを抜くな。我の名はトヨクモノだ。』

人物が会話している相手はAIだ。

このAIの名前の由来は、この中つ国の永遠を司る国之常立神(くにのとこたちのかみ)と並ぶ、豊雲野神(とよくもののかみ)から来ている。大自然に命を吹き込むと言われるトヨクモノを連想して、大それたことにその名をつけた。ただこの二神は姿を表せないため、人はおろか神ですら見たものはいない。

『先ほどの荒魂は共有した。いずれ命の巫らが浄うだろ。』

「彼らのランクだったなら安心しました。」

数百年前から現れはじめた黒い影。小さいものからビル以上に大きいものまで存在する。これを中つ国では荒魂(あらみたま)と呼び、忌避する存在として位置付けていた。そして荒魂は完全に消すことはできない。この数百年でたどり着いた結論だった。

だがその存在を一時だけ消すことはできた。その消す役割を担っているのが(みこと)だ。

命は二柱おり、うち一柱は男神の伊邪那岐命(いざなきのみこと)、もう一柱は女神の伊邪那美命(いざなみのみこと)と言った。そしてこの命に仕える者を「(かんなぎ)(かんなぎ)」と呼び、彼らは命の力を一部与えられる。よって命が荒魂を消す行い「(あら)い」もすることができた。

ただすべてを与えられているわけではない覡らは、禍々しい荒魂には敵わない。そのため彼らが担う荒魂は比較的穏やかな方だ。

『さっそく遣わされた巫が来たようだな。』

トヨクモノがそう言ったあと、人物の視界を女性が通り過ぎた。それを目で追った人物は感嘆のため息をつく。

「…道路を生身で走れる人類は、彼らくらいだろうね。」

残像しかない窓の外を眺めて、哀愁を募らせた人物は顔の前で十字を切る。彼らの行く末に幸多からんことを祈って。


。・。・。・。・


傘もささずに雨の中を尋常じゃない速さで走りぬける女は、目的のもの見つけてさらにその足を早めた。

「(いた。)」

腰にさした打刀の柄に手を伸ばし居合いの準備に入る。

道路の上でゆっくりと漂う荒魂からは意思を感じない。ただそこに在るだけ。その形状は耳のようなものがあり、今じゃ目にすることがない動物を思わせた。

女は狙いを定めて柄を力強く握りしめる。足に風を送り込むタイミングで前へ大きく跳躍し、そして刀を抜いた。

 ザンっ

 !!ーーーー

緑色を纏った刀に斬りつけられた荒魂は声にならない音を辺りに鳴り響かせる。人である巫には空気を揺るがすような音にしか聞こえないが、きっと痛みで苦痛を訴えているのだろう。

終わったとばかりに女は抜いた刀を鞘に納めた。だが斬られた荒魂はまだ倒れておらず、目なのだろう部分が女の背中へと向けられる。自身を害した存在を抹殺しようと動いたそのとき、荒魂の頭上に金色の光が刺し込んだ。

「御免!」

 ザーーーっン

 っーーー………

上から真っ直ぐ下へと切り裂かれたことで荒魂はとうとうその影を散らせる。そして女はゆっくりと振り向いた。

「助けずとも、もう一閃あびせられたものを。」

「素直に礼も言えんのか。」

男はため息をついて大太刀を鞘に納める。二人の人物は似たような格好をしていた。上は白衣、下は袴。袴の色は紫で白紋が施されている。

「礼を言うに及ばない。お前が勝手にしたことだ。」

「あのなぁ、あんた一人で戦ってるんじゃないんだ。それを忘れたら、いつか痛い目にあうぞ。」

「忘れはしない。ただお前のときだけ忘れているだけだ。」

「よしっ、その喧嘩買った!!」

「はいはい、待った待った。落ち着いてご両人。」

言い合う二人の元に一人の人物が割って入る。その者の格好も上下同じ色だが、紋様色は紫だ。

女の名は科戸(しなと)。緑がかった黒髪は肩の上で切り揃えられ、彼女の几帳面さが伺い知れる。瞳の色は青柳。風の神の巫で、位は一級だ。

変わって男の名は金貞(かねさだ)。白髪は短く、瞳の色は金色。金の神の覡で、位は科戸と同じく一級である。

ついでに割って入った人物は頼金(よりかね)という男だ。黒い髪は結いあげており、瞳は金糸雀色。金貞と同じく金の神の覡で、位は二級上だ。

かんなぎには位がある。筆頭を特級と呼び、続いて一級、二級上、二級、三級の順だ。

そして階級により袴の色と柄が違う。特級から順に、白色に白紋、紫色に白紋、紫色に紫紋、ここから下に紋はなく紫、浅黄色と続く。

「頼むから喧嘩おっ始めないでくれ。僕の仕事が増えるだけだから。」

「どう聞いてもこいつが悪いだろが、頼!」

「気が立ってても仕方ないだろ、貞さん。風の神天皇が生死を彷徨っておられるんだぞ。そんなときに呼び出されたこの方の身にもなれ。」

今の天皇は風の神の眷属が担っている。御年300歳を迎えられた天皇は、最近体調を崩された。人類の平均寿命が300歳であることから、そう長くないだろうことは皆が想像していた。そして科戸は天皇の孫にあたる。

「ぐっ・・・。配慮が足りなかった、すまなかった。(かぜ)の子。」

「・・・己を律せない私が悪かった。許せ、(ごん)の子たち。」

かんなぎは互いを普段「何の子」と呼び合う。名前はよっぽど信頼がおけなければ呼び合わない。

お互いに謝罪したことで場を収められたことに安心した頼金は、ぱんっと音を鳴らせて両手を合わせた。

「これにて一件落着。さて、命に報告し…っ!?」

不自然に言葉を切らせた頼金は、漂い始めた空気に緊張を走らせた。表情を顔張らせ額から冷や汗を流す。その空気に気がついた二人も表情を顔張らせた。

「っおでましか。」

「…運が悪いとはこのことか。」

言葉と共に金貞と科戸は自身の得物に手を添える。すぐに刀を抜けるように臨戦態勢に入った。震える手を止めることもできずに、頼金も得物に手を置いた。

徐々に現れた黒い影の大きさは人のそれと変わらない。ただ影の色は濃く、禍々しい荒魂であることがわかった。その形はまるで人のようで、身近なものほど恐れを与える。

「怯むな、頼!続け!!」

「っ仰せのままに、貞さん!」

金貞の喝に背中を押され、飛び出した金貞の後を頼金は追いかける。先手を金の子らにまかせた科戸は、荒魂の背後に回るため走り出した。

金貞の前方へ出た頼金は腰にある脇差を引き抜いて隙をつく。その後に大太刀を大きく振りかぶった金貞は荒魂へ一閃を与えた。

 ーーー…

「ちっ、甘かったか。」

「っ貞さん!後ろ!!」

彼らの攻撃に怯んだ様子のない荒魂は、一瞬で姿を消し金貞の背後へと現れる。それに気がついた頼金は叫ぶが、金貞が後ろを向く前に影はその手を伸ばした。その手を防ごうと、金貞は大太刀を体の前で構えようとしたが、一歩足りない。

「貞さん!!!!」

まさに影が金貞を突こうとしたそのとき、緑色の光が影を遮った。

(あら)い給え。」

金貞の背後から飛び出てきた科戸は、正面から荒魂を斬りつけた。不意を疲れた荒魂はその影を大きく揺らす。散りゆこうとする影は、だがその黒をさらに濃くした。さながら傷ついた武者が最後の力を振り絞るかのように。

「っ及ばんか。」

「避けろ!風の子!!」

巫の力では及ばないと悟った科戸は、金貞の発した言葉と同時に身を翻し走り出した。だが荒魂の渾身は彼女を逃さない。

「っ!?」

「風の子!」

「風の(かた)!!」

 ッーー!!!ーーー……

伸びた影が科戸を捉えようとしたそのとき、雷鳴が鳴り響く。刹那にその場を照らした光は一瞬にして荒魂を消し去った。

「っ…伊邪那岐命(いざなきのみこと)。」

「危なかったね、風の愛子(いとしご)。間に合ってよかった。」

現れたのは彼らの最高責任者である男神の伊邪那岐。いつのまに現れたのか、その姿を漂わせながら空中に浮いている。するとその場に遅れてやってきた者がいた。

「あら、貴方に先を越されてしまうなんて。神生の汚点だわ。」

「僕がたまたま一歩早かっただけさ、伊邪那美(いざなみ)。」

最高責任者が二人も揃ったこの場に、つい先ほど浄れた荒魂は強かったことを意味した。

「遅れてごめんなさいね、風の愛子。怖かったでしょう。」

「身に余るお言葉でございますれば。」

二柱は必ず窮地には訪れる。どうやって感知しているかは不明だが、それこそ神のなせる技なのだろう。その技を科戸は切実に欲していた。

「いいのよ。さあ、伊邪那岐。行きましょう。」

「ああ。じゃあね、愛子たち。また。」

先ほどの緊迫感がなかったかのように、ニ柱は軽い挨拶をしてその姿を消した。消えた空中を未だ見つめ続ける科戸に、頭を雑にかきながら金貞は声をかける。

「あー…なんだ、風の子。気にするなよ。」

「…理解している。我らは命の足元にも及ばないことを。」

哀愁を漂わせた巫は、金貞と頼金に挨拶をして去って行く。その後ろ姿を覡たちも見送った。

「…胸中穏やかではないでしょうね、風の方は。」

「そうだろうな。あのお力があれば、俺たちは人を救える。」

件の風の神天皇は、荒魂に体を蝕まれていると噂されていた。その理由は、命の息がかかった御所は脅威がなく、滅多なことがない限り安全が約束されている。寿命が差し迫ったとしても、穏やかな人生を送れるはずだのに、風の神天皇は生死を彷徨っている。

その事実は、命の意思が関係しているとしか言えなかった。300年続いた風の神天皇を、命は終わらせようとしている。これは水面下でことさらに噂されていた。

「命の意思には逆らえない、か…。」

長い人生の中で人は新たな欲を見出した。それは人が統べる世界の実現。神の手が与えられない自立した世界を、人は夢見た。

その実現のためには多くの犠牲と悲劇が予想されるため、未だ実行には至らない。ただそう遠くない未来、それは実現されるだろう。命のかんなぎたちによって。

今は嵐の前の静けさ。嵐が起こる前兆は刻一刻と差し迫っていた。

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