第1章:消えぬ闇の残滓
1節 平穏の終わり
「ふぅ……やっと一息つけるな。」
リベルナのギルドに戻った俺たちは、久しぶりに落ち着いた時間を過ごしていた。闇を統べる者との激闘を終えた後、世界にはしばしの平和が戻った……はずだった。
「大地、シアの分もスープ取ってあげて。」
「おう。」
ティリアに言われ、俺は大鍋のスープを器に注いでシアの前に置く。シアはまだ少し疲れた様子だったが、手の中の“光の核”は淡い輝きを放ち続けている。
「ありがとう、大地。」
「お前が一番頑張ったんだから、これくらい当然だろ。」
俺が笑うと、シアは少し照れたように微笑む。その光景を見て、ティリアも肩をすくめた。
「でも……なんか、静かすぎない?いつもなら、次のトラブルがもう押し寄せてくるタイミングなのに。」
「それ、フラグだからやめろ。」
俺が即座に突っ込むが――その言葉を待っていたかのように、ギルドの扉が勢いよく開いた。
「……ほらな。」
俺はため息をつきつつ、扉の方を振り返る。入ってきたのはカイルさんで、珍しく真剣な表情をしていた。
「大地、ティリア、シア……すぐに来てくれ。新たな問題が発生した。」
「えぇ……やっぱり……。」
ティリアが呆れたように言うが、俺たちはすぐに立ち上がった。
ギルド本部・作戦室
「状況を説明する。」
カイルさんが地図を広げ、その上にいくつかの赤い印をつける。それは、各地の都市や村を示していた。
「ここ数日間で、各地の村々で“黒い霧”が再び現れ始めた。」
「黒い霧……また闇の魔晶核の影響か?」
俺が問いかけると、カイルさんは険しい顔で頷いた。
「闇を統べる者を倒したことで、完全に闇が消滅すると思われていた。しかし……どうやら“残滓”が世界のあちこちに残っていたらしい。」
「残滓……つまり、完全には終わってなかったってことね。」
ティリアが腕を組んで唸る。
「それだけじゃない。」
カイルさんは地図の端を指差した。そこには、これまで未踏の領域とされていた“アストレアの遺跡”という場所が記されている。
「この遺跡の奥深くに、“闇の源流”がある可能性が高い。闇の魔晶核が生まれた根本を絶たない限り、いずれまた大規模な災厄が起こるだろう。」
「……やっぱり、簡単には終わらせてくれないな。」
俺は剣の柄を握りしめた。シアも隣で頷く。
「行くんだよね、大地?」
「もちろんだ。ここでやめたら、今までの苦労が全部無駄になる。」
「それに……光の核の力も、まだ完全に使いこなせてないし。」
シアがそう言うと、カイルさんも頷いた。
「アストレアの遺跡は古代文明の遺産で、強力な結界が張られている。おそらく“光の核”の力がなければ、奥に進むことはできない。」
「じゃあ決まりだな。」
俺は拳を握りしめ、ティリアとシアに目を向けた。
「次は“闇の源流”を断ち切る。それで本当の終わりだ。」
アストレアの遺跡へ
数日後、俺たちはアストレアの遺跡へ向かうため、再び旅立った。遺跡は広大な砂漠地帯の中心にあり、厳しい環境を越えなければたどり着けない。
「大地、これまで以上に危険な旅になるわよ。」
ティリアが砂漠の地図を見ながら言う。
「わかってる。でも、もう逃げるつもりはない。」
俺は砂漠の向こうに見える遺跡の影を見つめ、強く誓った。
隣でシアが静かに光の核を握りしめる。
「今度こそ、闇を終わらせよう。」
「おう。全力で行くぞ!」
世界を覆う“闇の源流”との最終決戦――その幕が、いま静かに上がろうとしていた。
2節 アストレア遺跡の謎
俺たちはリベルナを出発し、目的地であるアストレア遺跡を目指していた。
「にしても、遠いな……。」
旅を始めてすでに一週間が経とうとしている。途中の村で情報を集めたり、黒い霧の発生地点を調査しながら進んできたが、目立った収穫はなかった。
「まあ、そう簡単にたどり着ける場所なら、とっくに誰かが調査してるわよ。」
ティリアが馬車の上で地図を広げながら答える。
「アストレア遺跡は砂漠の中央、周囲はすべて過酷な環境に覆われていて、これまで正式な調査隊すら入れなかった場所……普通に考えれば、たどり着く前に脱落するのがオチね。」
「そんなところに、闇の源流があるってのか……厄介だな。」
俺は馬車の揺れに身を任せながら、剣の柄に手を添えた。シアは隣で静かに光の核を抱えている。
「でも……たどり着けば、闇を完全に断ち切れるかもしれないんだよね?」
「そのはずよ。だけど……」
ティリアが少し表情を曇らせる。
「どうした?」
「……どうして、闇の源流なんてものが“存在する”のかが気になるのよ。」
「存在する……?」
俺が首をかしげると、ティリアは少し考えてから言葉を選んだ。
「そもそも、闇の魔晶核は“作られた”もの。でも、“闇の源流”は作られたものじゃない……自然に生まれたのか、それとも意図的に残されたのか……。」
「つまり、何者かが意図的に闇を生み出し続けてるってことか?」
「その可能性もあるってことよ。」
俺は少し考え込みながらシアの方を見る。彼女は光の核を見つめながら、静かに呟いた。
「もしかしたら……光の核と闇の源流、どちらも同じ場所から生まれたものなのかも……。」
「光と闇が、同じ場所から……?」
俺たちはその言葉の意味を考えながら、アストレア遺跡へと向かう道を急いだ。
砂漠の試練
「やっべぇ……これ、本当にキツいな……!」
俺たちは灼熱の砂漠の中を進んでいた。アストレア遺跡は広大な砂漠の中心にあり、たどり着くにはこの過酷な環境を乗り越えなければならない。
「大地、もっと水を節約しなさいよ!」
ティリアが俺の水袋を奪い取る。
「いや、ちょっと飲んだだけだろ!」
「その“ちょっと”が命取りなの!ちゃんと計算して飲まないと、遺跡に着く前に干からびるわよ!」
「わ、わかったよ……。」
俺は肩を落としながら、のどの渇きを耐えることにした。
シアは俺たちのやり取りを見て、くすっと笑う。
「なんか……こういう時でもいつも通りなんだね。」
「こういう時だからこそ、いつも通りでいるのが大事なんだよ。」
俺がそう言うと、ティリアはため息をつきながらも微笑んだ。
「まあ、確かにね。でも、油断しちゃダメよ。この砂漠には“砂の魔獣”が出るって話もあるんだから。」
「砂の魔獣?」
「ええ、砂の中に潜んで旅人を襲う魔物よ。普段は姿を見せないけど、一度狙われたら逃げるのは難しいわ。」
「……それ、先に言ってくれよ。」
俺が周囲を警戒し始めたその時――
――ゴゴゴゴ……
「待って、大地……!」
シアが不安そうに俺の腕を掴む。
「来るわよ……!!」
ティリアが弓を構えた瞬間、砂の中から巨大な生物が飛び出した――。
それは、鋭い牙と無数の触手を持つ巨大なワームのような魔物だった。
「うわぁっ、出たぁぁ!!」
俺は慌てて剣を抜き、ティリアが即座に矢を放つ。
「“サンドデバウアー”よ!気をつけて、大地!」
「名前からして絶対ヤバい奴じゃねぇか!!」
俺は魔物の巨大な口が迫るのをギリギリでかわし、剣で反撃する。しかし、刃が魔物の分厚い皮膚に当たるも、ほとんど効いていないようだった。
「くそっ、硬すぎる!」
「こういう時こそ、シアの光が必要よ!」
ティリアが叫ぶ。シアは少し戸惑いながらも、手の中に光を集める。そして――
「光よ、導いて……!」
彼女が放った光の波動が魔物の体に当たると、その一部が焼けるように黒くなり、魔物が激しくのたうち回った。
「効いてる!今だ、大地!」
「よっしゃあ!」
俺は剣に光の力を宿し、魔物の体を一気に切り裂いた。
――ズバァァァッ!!
魔物は断末魔の悲鳴を上げながら砂の中へと沈んでいく。
「はぁ……なんとか倒したか……。」
俺は汗を拭いながら剣を収める。シアは少し息を切らしながらも、安堵の表情を浮かべていた。
「私……役に立てたかな?」
「もちろんだよ。シアのおかげで助かった。」
俺がそう言うと、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
ティリアも腕を組みながら頷く。
「ふぅ……これで少しは休めるわね。でも、まだ道半ばよ。」
「だな。……急ごう、アストレア遺跡へ。」
俺たちは砂の中に沈んでいく魔物を横目に、再び歩き出した。
3節 遺跡の扉と封印の試練
砂漠を越えてさらに進んだ先に、俺たちはついに目的地――アストレア遺跡の入口へとたどり着いた。
「……でけぇな。」
目の前にそびえ立つのは、まるで山のような巨大な石造りの門だった。その表面には、古代の文字や神秘的な紋章が刻まれており、いかにも“特別な場所”という雰囲気を醸し出している。
「ここが……闇の源流に続く場所。」
シアが光の核を胸に抱きながら呟く。その手の中の光が、遺跡の魔力に呼応するように微かに脈動していた。
「これだけの規模の遺跡、やっぱり普通の場所じゃないわね。」
ティリアが警戒しながら遺跡の入口を見つめる。
「んで、この門……どうやって開けるんだ?」
俺が門に近づくと、その中央には奇妙な円形の凹みがあった。
「何かをはめ込む仕組みか?」
「もしかして……私の光の核?」
シアが一歩前に出て、恐る恐る光の核を門のくぼみにかざす。すると――
――ゴゴゴゴ……!!
「おぉ、動いた!」
遺跡全体が震え、門に刻まれた紋章が光を帯び始める。しかし――
――ズズズッ!!
突如、門の前に光と闇が絡み合ったような半透明の“何か”が現れた。それは人の形をしていたが、顔はなく、ただそこに“在る”だけの存在だった。
「……これって、もしかして門番?」
ティリアが弓を構えながら言う。俺は剣を握り直し、慎重に構える。
「試練ってやつか……避けて通れるわけじゃなさそうだな。」
すると、その存在が低く囁くように言葉を発した。
「汝、“光の核”を持つ者よ……試練を受ける覚悟はあるか?」
「試練……?」
シアが戸惑いながら光の核を握りしめる。その言葉に対して、俺は前に出て問いかけた。
「もし試練を拒否したらどうなる?」
「ならば、ここを通ることは許されぬ。」
「まあ、そう言うと思ったよ……。」
俺は剣を肩に担ぎながら、シアに向き直る。
「シア、お前が試練を受けるんだな?」
「うん……でも、怖い。」
彼女は不安そうにしながらも、しっかりと前を見つめていた。
「大丈夫。俺たちがついてる。」
「そうよ。あんた一人の試練じゃないわ。」
俺とティリアが微笑むと、シアも少しだけ勇気を取り戻したように頷く。
「……わかりました。試練を受けます!」
シアが宣言した瞬間――
――ゴォォォォ!!
門番の存在が大きく揺れ、その体が光と闇に分かれながら変化し始める。そして、二つの影が具現化した。
ひとつは**「光の騎士」**。全身を黄金の鎧で覆い、まばゆい剣を構えている。
もうひとつは**「闇の騎士」**。黒い霧のような鎧に包まれ、邪悪な大剣を携えていた。
「どっちも敵かよ……!」
俺が剣を構えると、門番の声が響いた。
「光と闇の均衡を試せ……汝が真に“継承者”であるのならば。」
「均衡を試せ……?」
ティリアが矢をつがえながら呟く。その意味を考える間もなく、光の騎士と闇の騎士が同時に襲いかかってきた!
試練開始
「シア、後ろに下がれ!」
俺は剣を構え、まずは光の騎士の攻撃を受け止める。ティリアは素早く動きながら、闇の騎士の動きを矢で牽制する。
――カキィンッ!!
「ぐっ……!こいつ、動きが速い!」
光の騎士の剣はまるで光そのもので、信じられないほどの速度で俺の剣を弾く。一方の闇の騎士は、ゆっくりとした動きながらも、一撃一撃が異常に重く、ティリアも回避するのがやっとのようだった。
「くそっ、こいつら……バランスが取れてる!」
「それが試練ってことかしらね……!」
ティリアが矢を放つが、光の騎士がその矢を弾き、闇の騎士が俺に向かって剣を振り下ろす。
「大地、避けて!」
「わかってる!!」
俺はギリギリで回避しながら、剣を振るうが、敵はまるで俺たちの動きを読んでいるかのように対応してくる。
「どうすれば……この二体を倒せるんだ!?」
すると――シアが手の中の光を強く輝かせた。
「……倒しちゃいけないのかも!」
「何!?」
俺たちが驚くと、シアは震える声で続けた。
「“均衡を試せ”って言われた……だから、この二体を打ち破るんじゃなくて、光と闇を調和させる必要があるんじゃないかな!」
「調和……!?」
俺は剣を握りしめながら、目の前の敵を見つめる。そして――気づいた。
「……こいつら、攻撃するたびにお互いの動きを補ってる……。」
光の騎士が剣を振るえば、闇の騎士がその隙を補う。逆に、闇の騎士の攻撃の間には、光の騎士が守りに入る。
「なるほど……やるべきことは、“どちらかを倒す”んじゃなくて、“どちらも止める”ってことか!」
「そうよ、大地!やってみて!」
「わかった!シア、光の力を貸してくれ!」
シアが頷き、俺の剣に光を宿す。そして――
「ティリア、息を合わせるぞ!」
俺たちは同時に動き、光の騎士と闇の騎士の攻撃を封じるように立ち回る。そして――
「今だ、シア!」
彼女が両手をかざし、光の核の力を放った。
――ドォォォン!!
神殿全体が輝き、光と闇の騎士は一瞬動きを止めた。その後、二体は静かに消え、門がゆっくりと開いていく――。
「やった……!」
俺たちは息を整えながら、ついに開かれた遺跡の奥へと進んでいく。
闇の源流は、もう目の前だった――。