第2章:闇の祭壇と新たな敵
1節 扉の向こうに広がる異空間
重厚な扉を押し開けた瞬間、まるで空間そのものが変わったかのような感覚に襲われた。足元が揺れ、冷たい風が顔に触れる。だが、それ以上に異様だったのは、目の前に広がる光景だった――。
「……なんだ、ここ……!」
目の前には、闇と光が交錯する奇妙な空間が広がっていた。床は黒い石畳で覆われているが、ところどころに赤い光の紋章が浮かび上がり、怪しく脈動している。そして、空間全体には黒い霧が漂い、何かの低い唸り声が響いていた。
「大地、気をつけて。ここは普通の空間じゃない……“結界”の中みたい。」
ティリアが弓を構えながら言う。
「結界ってことは、ここで何かを守ってるか、封じてるってことか?」
「ええ、可能性は高いわ。それに、この魔力……ただ事じゃない。」
ティリアの目は鋭く、周囲を見渡している。その表情から、この場の異常性がさらに伝わってきた。
「シア、大丈夫か?」
俺は後ろを振り返り、シアの様子を確認した。彼女は緊張した面持ちで空間を見渡していたが、手の中から再び微かな光が漏れ始めている。
「……この光、私に何かを伝えようとしてる気がする。」
「伝える……?」
俺が聞き返すと、シアは少し戸惑った様子で頷いた。
「うん……ここに来てから、光が強くなってるの。何か、すごく大事なものがこの先にある気がするの……。」
「大事なもの……か。」
俺たちは言葉を交わしながらも、慎重に足を進めた。空間の奥には、祭壇のようなものが浮かび上がっている。その上には巨大な黒い結晶が鎮座しており、それが周囲に不気味な魔力を放っているのがわかる。
「……あれが“闇の祭壇”か。」
俺が呟くと、ティリアは険しい顔で頷いた。
「間違いないわ。この場所が、魔晶核を作り出した中心地よ。」
「じゃあ、こいつをぶっ壊せば全部解決するってことか?」
「そう簡単にいくかしらね……。大地、気を抜かないで。」
ティリアがそう言った瞬間――
――ズズズ……!
祭壇の黒い結晶が脈動し、空間全体が揺れ始めた。床に描かれた赤い紋章が光り輝き、黒い霧が一気に濃くなる。
「また来るぞ!」
俺が剣を構えると、祭壇の周囲から黒い霧が渦を巻き、その中から新たな敵が現れた。
それは、巨大な鳥のような姿をした魔物――翼は闇そのものでできており、目は血のように赤く輝いている。その羽ばたき一つで空間全体が震え、魔力の風が吹き荒れる。
「……ナイトメア・ハーピー!」
ティリアがその名を叫ぶ。
「ナイトメア・ハーピー?聞いたことないぞ!」
「それもそのはずよ!この魔物は普通の魔物じゃない、“闇の祭壇”が生み出した魔晶核の具現化――つまり、この空間自体が生み出した“化身”よ!」
「化身……!?じゃあ、こいつを倒さないと祭壇も壊せないってことか!」
「そういうことよ!」
ナイトメア・ハーピーが鋭い叫び声を上げ、空間全体に黒い羽を撒き散らす。その羽は触れるだけで魔力を奪うようで、俺たちの周囲に降り注いだ。
「くそっ、厄介すぎる!」
俺は剣で羽を弾きながら叫ぶ。だが、羽は次々と襲いかかってきて、一向に止む気配がない。
「ティリア、援護を頼む!」
「わかってる!だけど、飛んでいる相手は厄介ね……!」
ティリアが矢を放つが、ナイトメア・ハーピーの羽が盾のように矢を弾き返してしまう。
「これじゃ埒が明かない……どうする!?」
俺が焦る中、シアが一歩前に出てきた。
「大地……私が光で動きを止めてみる!」
「シア!?危ないぞ!」
「大丈夫……信じて!」
彼女は手を前に突き出し、目を閉じて集中し始めた。そして――
――眩い光が彼女の手から放たれた。
その光はナイトメア・ハーピーの黒い羽を焼き払い、その動きを一瞬止める。
「今よ、大地!」
ティリアが叫ぶ。俺はその声に応え、剣を握りしめてナイトメア・ハーピーに向かって突進した。
「これで終わりだ……!!」
剣を振り下ろし、ナイトメア・ハーピーの胸部――核があると感じた場所を狙う。
――ズバァァァッ!!
剣が命中すると、ナイトメア・ハーピーは激しく鳴き声を上げ、その体が黒い霧となって崩れ落ちていった。
「やった……のか?」
俺が剣を鞘に収めながら息を整えると、ティリアが近づいてきた。
「ええ、よくやったわ、大地。それに……シアも。」
ティリアがシアの肩に手を置くと、彼女は少し疲れた表情で微笑んだ。
「私……役に立てた?」
「ああ、十分だよ。お前の光がなければ、こいつには勝てなかった。」
俺が笑いながら言うと、シアはほっとしたように小さく笑った。
ナイトメア・ハーピーを倒したことで、空間全体の揺れが収まり、祭壇の黒い結晶が脆く崩れ始めた。
「これで……全部終わりか?」
俺がそう呟いた瞬間――
――ズズズ……。
祭壇の奥から再び低い唸り声が響いた。その音は、先ほどのハーピーとは比べものにならないほど強烈で、空間全体を震わせるほどの威圧感を放っていた。
「……まだよ!これが本番みたい!」
ティリアが弓を構え直す。俺も剣を握りしめ、気を引き締めた。
闇の祭壇――その真の力が、俺たちの前に姿を現そうとしていた。
2節 祭壇の守護者との激突
闇の祭壇が低く唸り声をあげ、空間全体が再び震え始めた。俺たちは立ち尽くし、そこに漂う圧倒的な気配を感じ取るしかなかった。
「……ヤバい。今までの魔物とは、明らかに次元が違うぞ。」
俺は剣を握りしめ、震える足を無理やり止めながら前を睨む。祭壇の奥――黒い結晶のあった場所から、何かが“こちらを見ている”感覚がした。
「これは……“祭壇の守護者”かもしれない。」
ティリアが弓を構えながら低く呟く。その目は鋭く、油断する隙を一切見せていない。
「祭壇の守護者?それって、今までの奴ら以上ってことか?」
俺が聞き返すと、ティリアは小さく頷いた。
「ええ。この祭壇が中心にある以上、それを守る存在がいるはず。そして、この感じ――相当手強い相手よ。」
「おいおい、勘弁してくれよ……!」
俺が汗を拭いながら呟いたその瞬間――
――ゴゴゴゴ……!!
闇の結晶が完全に崩れ落ち、その中から巨大な影が現れた。
「な、なんだあれ……!?」
俺たちの目の前に姿を現したのは、全身が漆黒の鎧で覆われた巨人だった。その体は鎧そのものが生きているかのようにうごめき、体中から黒い霧が立ち昇っている。手には巨大な剣を持ち、その剣からも闇の力が滲み出していた。
「……ダークロード!」
ティリアが驚きと恐怖の入り混じった声を上げる。
「ダークロード!?何だそりゃ!」
「闇の魔晶核によって作り出された“究極の守護者”よ。普通の手段じゃ倒せない、まさに“動く災厄”みたいな存在!」
「動く災厄だと……!?」
俺は剣を構え直しながらダークロードを睨む。巨体から放たれる圧倒的な気配に、全身が震えるのを感じたが、それでも逃げるわけにはいかなかった。
「行くぞ、大地!」
ティリアが矢を放ちながら叫ぶ。その矢はダークロードの胸部を狙ったが――
――ガキィンッ!
「弾かれた!?」
矢は鎧に弾かれ、まったく効果がない。
「くそっ、どうすればいいんだ……!」
俺が焦っている間に、ダークロードがゆっくりと剣を振り上げた。そして――
――ゴォォォォッ!!
剣を振り下ろした瞬間、空間全体に衝撃波が広がった。俺たちはその圧力に吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。
「ぐっ……強すぎる……!」
俺はなんとか立ち上がりながら剣を握り直したが、その力の差を痛感せざるを得なかった。
「普通の攻撃じゃ歯が立たない……大地、何か考えがある!?」
ティリアが叫ぶ。その声には焦りが滲んでいた。
「考えって言われても……くそっ、どうすりゃいいんだよ!」
俺が叫ぶ中、後ろで立ち上がったシアが小さく呟いた。
「……大地、私の光を……信じて!」
「え?」
俺が振り返ると、シアの手から再び眩い光が放たれた。その光はこれまで以上に強く、空間全体を照らし出すほどだった。
「この光……!?」
ダークロードはその光を浴びた瞬間、動きを鈍らせた。鎧の一部がひび割れ、その下から赤黒い核のようなものが見え始める。
「光が効いてる……!シア、そのまま頼む!」
「うん……でも、長くは持たない!」
シアが必死に光を放ち続ける。その間に俺とティリアは攻撃の準備を整えた。
「大地、核が見えた!そこを狙うのよ!」
「わかった!」
俺は全力で剣を握りしめ、ダークロードの胸部――核がある部分に向かって突進した。
「これで終わりだぁぁぁ!」
剣を振り下ろし、核に全力で攻撃を叩き込む――
――ズガァァァンッ!!
剣が核を貫いた瞬間、ダークロードの体が激しく震え始めた。そして、黒い霧が一気に噴き出し、巨体が崩れ落ちていく。
「やった……か?」
俺が剣を鞘に収めながら息を整えると、ティリアが駆け寄ってきた。
「ええ、終わったみたいね……本当にお疲れさま、大地。」
「いやいや、俺だけじゃないだろ。シアの光がなかったら、こんなの倒せなかったよ。」
俺は笑いながらシアの方を見た。彼女は疲れた表情を浮かべながらも、小さく微笑んでいた。
「私も……やっと役に立てたかな。」
「十分すぎるほど役に立ったよ。ありがとう、シア。」
俺は彼女の肩を軽く叩き、ティリアと共に祭壇の方を振り返る。
祭壇の結晶が完全に崩れ落ち、空間全体が静けさを取り戻していた。だが、そこには新たな手がかりが残されていた――祭壇の中心に現れた古びた魔導書だ。
「これは……?」
ティリアが魔導書を手に取り、中を開く。そこには赤黒い文字で、魔晶核や闇の力に関する詳細な記述が書かれていた。
「この書物……どうやら、“闇の魔晶核”を作る術式が記されているみたいね。」
「つまり、これを使えば誰でも魔晶核を作れるってことか?」
「ええ。でも、術式は非常に複雑で、相当な魔力と知識が必要みたい。」
「それって……ヴァリオみたいな奴がまだ他にいるってことかよ。」
俺は頭を抱えながらため息をついた。
「この本を持ち帰って、ギルドで詳しく調べてもらいましょう。それが、次の手がかりになるはずよ。」
「わかった。これで闇の祭壇の件もひとまず片付いたな。」
俺たちは魔導書を手にし、新たな冒険に向けて歩き出した――闇を統べる者の謎を追う旅は、まだ始まったばかりだ。
3節 光の力と闇の真実
闇の祭壇を破壊し、ダークロードを倒した俺たちは、ギルドに戻るために廃坑を後にした。しかし、手に入れた魔導書の中身には、次なる大きな謎が記されていることを予感していた。
「この本……本当に危険なものね。」
ティリアが魔導書を抱えながら呟く。その声には緊張感が滲んでいた。
「術式が細かく書かれてるのか?」
俺が隣で歩きながら尋ねると、ティリアは頷きながらページをめくる。
「ええ、書かれている内容は非常に詳細だわ。闇の魔晶核を作るための方法、その材料、そして力をどう使うかまで。これを手にした者が知識と魔力を持っていれば、どんな災厄でも生み出せるわね。」
「最悪だな……じゃあ、これを手に入れようと狙ってた奴がいる可能性が高いってことか。」
俺は深いため息をつきながら剣の柄を握った。この本が何か大きな争いを生む可能性があると考えると、胃が痛くなってくる。
「でも、もっと気になることがあるの。」
ティリアが少し険しい顔で続けた。
「この本には、魔晶核を作る術式だけじゃなく、“その力を超える存在”についての記述もある。」
「その力を超える存在……?」
俺は眉をひそめた。その言葉が指し示すものが、何か途方もないものに思えた。
「“光の核”――それが記されているわ。」
「光の核……!?」
俺が驚きの声を上げると、後ろを歩いていたシアが反応した。
「光の核って……もしかして、私が使っているこの光と関係があるのかな?」
彼女の手から微かに漏れる光。それは今まで数々の危機を救ってきた力であり、俺たちの戦いの鍵になっている力だ。
「その可能性はあるわ。」
ティリアは静かに頷きながら魔導書の一節を指差した。
「ここには、“光の核”は闇の魔晶核を打ち消す唯一の力だと記されている。そして、その力を操る者は“光の継承者”と呼ばれる存在になると書いてある。」
「光の継承者……。」
俺はシアの方を見た。彼女は自分の手の中の光を見つめながら、何かを考えているようだった。
「でも、私は……まだこの力がなんなのか、どうやって使えばいいのかもわからない。」
彼女の声には不安が混じっていた。その気持ちは理解できる。突然自分が特別な力を持っていると知らされ、それが世界を左右するような力だとしたら、普通なら戸惑うだろう。
「大丈夫だよ、シア。」
俺は彼女に優しく声をかけた。
「これから一緒に調べていこう。お前の力がなんなのか、そしてどうやってそれを活かせるのか、俺たちで探していけばいいさ。」
「……ありがとう、大地。」
シアは少しだけ安心したように微笑んだ。その笑顔を見て、俺も自然と力が湧いてきた。
ギルドへの帰り道、ふとした瞬間に背後から妙な視線を感じた。
「……誰かが見てる。」
俺が立ち止まって周囲を見回すと、ティリアも弓を握りながら警戒の目を向ける。
「気づいた?私も少し前から感じてたわ。」
「まさか、追っ手か?」
俺が剣を抜いて周囲を見渡すが、姿を見せる気配はない。ただ、確実にどこかから視線を感じる。
「誰だ!?出てこい!」
俺が声を上げたその瞬間、木の影からゆっくりと人影が現れた。それは、黒いローブを纏った男だった。顔はフードで隠されているが、その全身からただならぬ威圧感が漂っている。
「……ずいぶんと厄介なものを手に入れたようだな。」
低い声が響き渡る。その声はどこか冷たく、感情を感じさせない。
「誰だお前は!」
俺が剣を構えると、男はゆっくりと手を広げた。その手のひらには、小さな黒い結晶が浮かんでいる。それはまさに、闇の魔晶核だった。
「……まだ名乗る時ではない。ただ一つ言えるのは、その本をこちらに渡してもらう必要がある。」
「渡すわけねぇだろ!」
俺が一歩前に出ると、男はフードの奥で微かに笑ったようだった。そして――
「そうか。それならば仕方ない。」
彼が手を振り上げた瞬間、周囲の空間が歪み始めた。黒い霧が一気に立ち込め、その中から魔物が次々と出現する。
「またかよ!?」
「これは……普通の魔物じゃないわ!」
ティリアが矢をつがえながら叫ぶ。その目の前に現れたのは、さっき倒したナイトメア・ハーピーと似た形の霧の魔物たちだった。
「時間は与えない。選択の余地もない――。」
男が冷たく言い放ち、黒い霧を操り始める。
「ティリア、シア!行くぞ!」
俺は剣を握りしめ、目の前の敵に突っ込んだ――。