第1章:動き出す影
1節 ギルドへの帰還
「ただいまー……って、なんか疲れたな。」
リベルナのギルド本部に戻った俺たちは、しばらくの間、ぼーっとする時間を満喫していた。森での戦い、祠の謎、そして赤い光――短期間でいろいろありすぎて、頭も体も限界だった。
「大地、帰ってきた途端そんなやる気のない顔しないでよ。」
ティリアが俺を睨みつけるが、俺は椅子にぐったりと座りながら答える。
「いやいや、普通に疲れただけだって。あんなデカい鎧野郎と戦った後で元気出せってほうが無理だろ。」
「まぁ、たしかにね。シアも大丈夫?」
ティリアが隣に座るシアに声をかける。シアは少し考えた後、うつむきながら答えた。
「私は……大丈夫。でも……。」
「でも?」
俺が顔を向けると、シアは自分の手をじっと見つめながら、静かに言った。
「私の中のこの“光”……どうして私が使えるのか、まだ全然わからないの。」
シアの手から漏れる淡い光。それは以前祠やダークナイトと戦った時に見せたものと同じだったが、本人もその力についてほとんど知らないらしい。
「気になるよな。それに、この力が俺たちの冒険とどう関わってくるのかも、正直わからないし……。」
俺が腕を組んで悩んでいると、ギルド本部のカウンターから元気な声が響いてきた。
「おお、大地たち!帰ってきたか!」
カウンターに立っていたのはおなじみのギルド職員、カイルさんだ。俺たちが森に向かった後も、彼はいつも通りギルドを仕切っている。
「カイルさん、戻ってきましたよ。ただいま!」
俺が挨拶を返すと、カイルさんはにこやかな顔で俺たちに近づいてきた。
「お疲れ様だったな。迷いの森の霧が晴れたって聞いて、本当に助かったよ。村の人たちからも感謝の言葉が届いてるぞ。」
「そりゃどうも。正直、大変でしたけどね。」
「ははっ、君たちならやれると思ってたよ。ただ……それだけじゃ終わりじゃなさそうだな?」
カイルさんは鋭い目を俺たちに向けた。その目はただのギルド職員というより、何かもっと大きなものを見通しているようだった。
「実は――」
俺は祠での出来事や、ダークナイトとの戦い、そしてシアが見せた光の力についてカイルさんに説明した。すると、カイルさんの顔は次第に真剣になっていった。
「……なるほど。赤い光、そして黒い結晶か……。大地、それを見せてくれるか?」
「ああ、これです。」
俺はティリアが持っていた黒い結晶をカイルさんに渡した。彼は慎重にそれを手に取り、じっと観察し始める。
「これは……厄介だな。」
カイルさんは眉をひそめながら呟いた。
「厄介って、どういうことですか?」
ティリアが尋ねると、カイルさんは小さくため息をついて答えた。
「これは、“闇の魔晶核”だ。」
「闇の魔晶核……?」
俺とティリアは同時に首をかしげた。その単語を聞くのは初めてだった。
「闇の魔晶核は、闇の力を極限まで凝縮したものだ。普通の魔晶石とは違い、ただのエネルギー供給源ではない。これを使えば、汚染された魔物や霧のような災厄を生み出すことができる。」
「つまり……これが霧の原因だったってことか?」
俺がそう尋ねると、カイルさんは頷いた。
「その可能性は高い。さらに厄介なのは、この魔晶核を作れるのは、相当な知識と魔力を持った存在だけだということだ。」
「相当な知識と魔力……ヴァリオの時と同じってことかよ。」
俺はげんなりした顔でため息をついた。
「ヴァリオのような者がまた動いているかもしれない。そして、魔晶核が使われていた場所――祠や迷いの森――はその試験場だったのかもしれないな。」
「試験場……ってことは、本番がまだあるのか?」
「その可能性は高い。」
カイルさんの言葉に、俺たちの背筋が寒くなった。
「大地、ティリア、そしてシア。」
カイルさんは俺たち一人ひとりを見つめながら、静かに言った。
「次の動きは慎重に見極める必要がある。闇の魔晶核が使われる場所――その可能性がある場所を探る必要があるだろう。」
「闇の魔晶核を持ち込めそうな場所か……。」
ティリアが顎に手を当てて考え込む。
「それと、シアの力についても何か情報があるかもしれない。」
俺はシアを見つめながら続けた。
「彼女の光の力は、今回の闇と相反する存在みたいだ。何かもっと深い理由があるはずだ。」
「そうね……光と闇。これがただの偶然とは思えないわ。」
ティリアも頷いた。
こうして、俺たちは次の手がかりを探すため、さらなる冒険へと踏み出すことになった――闇の魔晶核の秘密、そしてシアが持つ“光の力”の真実を求めて。
まだ見ぬ敵の存在と、それに立ち向かう新たな覚悟。第5部の冒険は、これまで以上に厳しい戦いになりそうだった。
2節 光と闇の導き手
ギルドでカイルさんから「闇の魔晶核」について話を聞いた翌日、俺たちは次の目的地を探るための準備を進めていた。闇の魔晶核を使った「何者か」の正体を突き止めるためには、手がかりを集めるしかない。
「……それにしても、闇の魔晶核なんて名前がついてる時点で、ろくでもない代物だよな。」
俺はギルドのテーブルに肘をつきながら、昨日もらった情報を整理していた。
「ええ、普通の魔晶石と違って“使い方次第で災厄を生む”ように作られているの。まさに危険物よ。」
ティリアが隣で答えながら地図を広げる。俺たちはカイルさんから聞いた情報をもとに、次に行くべき場所を探していた。
「問題は、誰がこれを作ったのか、そして何の目的で使おうとしているのかってことだな。」
俺が呟くと、向かい側に座っていたシアが小さく手を挙げた。
「……もしかしてだけど、ヴァリオと同じ“闇の力を使う人”が関係してるんじゃないかな?」
「それは俺たちも考えてた。でも、ヴァリオを倒した時点でヤツは消えたはずだろ?」
「でも……ヴァリオが使っていた力って、“もっと大きな闇の一部”みたいな気がするの。」
シアが真剣な表情でそう言う。その言葉には確かに一理ある。ヴァリオが操っていた黒い霧や魔物、そして最後に残した言葉――「闇はまだ終わらない」――を思い出すと、嫌な予感がよみがえる。
「……シアの言う通りかもな。ヴァリオは単なる手駒に過ぎなくて、その背後にさらに大きな“何か”がいるのかもしれない。」
俺が腕を組みながら言うと、ティリアが地図の一点を指差した。
「そうだとすれば、まず目指すべき場所が一つあるわ。」
「どこだ?」
俺が地図を覗き込むと、ティリアが指差したのは「カロディア廃坑」という名の場所だった。
「カロディア廃坑は、昔、闇の魔晶石を採掘していた場所よ。その採掘が原因で周辺に“闇の災害”が起きたって言われているの。」
「闇の災害……それって?」
「大地震や異常な魔物の発生、住民の大量失踪――とにかく、通常では考えられない災厄が次々に起きたの。その結果、廃坑は封印され、誰も近づかない“禁忌の地”になったわ。」
「禁忌の地、か……。」
俺は地図を見つめながら考え込む。この廃坑がもし「闇の魔晶核」を作った奴らの拠点だったとしたら、危険なのは間違いない。
「よし、決まりだな。次はそのカロディア廃坑に向かう。」
俺が立ち上がると、ティリアとシアも頷いた。
「でも、大地。準備だけはしっかりしておきましょう。廃坑はただの遺跡じゃない。おそらく、何かしらの罠や魔物が待ち構えているはずだから。」
「了解。さすがに油断はしないさ。」
数時間後、カロディア廃坑への道
ギルドを出発した俺たちは、険しい山道を越えてカロディア廃坑へと向かっていた。廃坑に近づくにつれて、空気がどんどん冷たくなり、周囲に漂う魔力が肌にまとわりついてくる。
「……この辺りから、空気が変わってきたな。」
俺が剣の柄に手を置きながら周囲を見渡すと、ティリアが弓を握り直しながら答えた。
「ええ。おそらく、廃坑から漏れ出した闇の魔力が周囲を覆っているのね。この空気……昔の資料で読んだことがあるけど、危険な魔物を呼び寄せる力を持っているはずよ。」
「マジかよ……じゃあ、気を抜いたら襲われるってことか。」
俺は少し身構えながら歩を進めた。そして、その言葉通り――
――ガサガサッ!
茂みの中から奇妙な音が響く。
「来たわ、大地!」
ティリアが弓を構え、俺も剣を抜いた。その瞬間、茂みから現れたのは、全身が黒い霧に包まれた狼型の魔物――「シャドウウルフ」だった。
「こいつ、また霧の魔物か!」
俺は剣を構えながら突進してくるシャドウウルフを迎え撃つ。だが、剣が体を切り裂く感触はなく、まるで霧そのものを斬っているような手応えだった。
「物理攻撃が効かない……どうする、ティリア!?」
「落ち着いて、大地!魔法で霧を分断するのよ!」
ティリアが矢を放つと、その矢は炎を纏い、シャドウウルフを貫いた。霧の一部が焼き払われ、魔物の動きが鈍る。
「今よ、大地!」
「了解!」
俺は剣を振り上げ、霧の中心を狙って全力で斬りつけた。
――ズバァッ!!
剣が霧を切り裂くと、シャドウウルフは消滅し、その場には何も残らなかった。
「ふぅ……倒したか。」
俺は息を整えながら剣を鞘に収めた。
「でも、まだ油断しちゃダメよ。この辺りには同じような魔物がまだいるはずだわ。」
「わかってる。次も頼むぞ、ティリア。」
「もちろん!」
ティリアが笑顔を浮かべる。そんな二人のやり取りを見ていたシアが、不安そうな表情で口を開いた。
「大地……私も戦えるようにならないと、みんなの足手まといになるよね。」
「シア、そんなことはない。お前の力は俺たちの武器だ。」
俺は優しく彼女の肩に手を置き、続けた。
「それに、誰だって最初は手探りだよ。大事なのは、少しずつ前に進むことだ。」
「……ありがとう、大地。」
シアが小さく微笑む。その笑顔を見て、俺は少しだけ安心した。
廃坑は目前だった。次に待ち受けるのは、さらなる試練――そして「闇を統べる者」との直接的な対峙かもしれない。俺たちは心を決め、足を進めた。
3節 廃坑の闇に潜む真実
「……ここが、カロディア廃坑か。」
山道を越えた先に現れたのは、長い間放置された巨大な鉱山だった。入口は崩れかけた岩や枯れた草木に覆われているが、薄暗い坑道がぽっかりと口を開けていて、まるでこちらを飲み込もうとしているかのようだった。
「……嫌な雰囲気ね。」
ティリアが弓を握りしめながら、坑道の中をじっと見つめる。その瞳には明らかな警戒心が宿っていた。
「ああ、ここまで露骨に不気味だと逆に清々しいな。」
俺は軽口を叩きながらも、剣を握る手に自然と力が入る。この場所にはただの廃墟とは思えないほどの圧迫感があった。
「大地、ここは普通の鉱山じゃないわよ。何かが待ち構えているのは間違いない。」
「それはわかってるさ。でも、行くしかないだろ。」
俺は深呼吸して心を落ち着け、剣を握り直した。そして、シアを振り返る。
「シア、準備はいいか?もし危険を感じたら、すぐに俺たちの後ろに下がれよ。」
「うん……でも、私も頑張る!」
彼女は不安そうな表情をしながらも、小さく頷いて答えた。その瞳には覚悟が宿っているように見えた。
「よし、行くぞ。」
俺たちは闇に包まれた坑道の中へと足を踏み入れた――。
坑道の中は予想以上に広かった。壁や天井は崩れかけているが、古代の魔法で補強されているのか、不思議と全体が保たれている。だが、空気はひどく淀んでいて、深く吸い込むと胸が重くなるような感覚に襲われた。
「……これが、闇の魔晶石を掘り出していた場所か。」
俺が周囲を見渡しながら呟くと、ティリアが壁に近づき、岩肌を指でなぞった。
「ええ。この壁には魔力の残留物がまだ残っているわ。闇の魔晶石の採掘がどれほど危険な行為だったのか、よくわかる。」
「これを採掘した奴らは、正気じゃなかったんだろうな……。」
俺は壁を睨みながら剣の柄を握り直した。その時――
――ゴゴゴ……。
「!?」
坑道全体が微かに揺れ、奥から低い唸り声のような音が響いてきた。
「何だ……!?何かいるのか!?」
俺が剣を構えると、ティリアもすぐに弓を構えて奥を睨む。
「間違いないわ。しかも普通の魔物じゃない……魔晶核の力を浴びた“汚染された存在”よ。」
「またかよ……!どんなのが出てくるんだ?」
俺たちが身構える中、坑道の奥からゆっくりと現れたのは――全身が黒い霧に覆われた巨体の魔物だった。その姿は人型だが、背中には異様に長い腕が4本も生えており、顔は不気味にねじ曲がっている。
「……ダークハンター!」
ティリアがその名を呟く。
「ダークハンター?また厄介そうな奴だな……!」
「ええ。あれは魔晶核の汚染を受けた人型の魔物よ。元々は人間だった可能性が高いわ。」
「人間が……?」
俺は思わず息を飲んだ。かつて人間だったものが、闇の魔力によってここまで変貌するなんて……改めて、闇の魔晶核の恐ろしさを思い知らされた。
ダークハンターが咆哮を上げながら襲いかかってきた。巨体に似合わないスピードで、鋭い腕を振り回しながら突進してくる。
「ティリア、援護を頼む!」
俺は剣を構え、ダークハンターの攻撃を防ぎながら叫んだ。
「わかったわ!大地、動きを止めて!」
ティリアが矢を放つが、ダークハンターの黒い霧が矢を弾き返してしまう。その霧はまるで生きているかのように動き、攻撃を無効化していた。
「くそっ、物理攻撃が効かないのか!?」
「いや、完全に効かないわけじゃない。霧の中心――胸部にある“核”を狙うのよ!」
「核……!」
俺はダークハンターの動きを観察しながら、胸部に見える小さな光る部分を見つけた。それが奴の弱点であることは間違いない。
「よし、そこだな……!」
俺は剣を握り直し、ダークハンターの胸部を狙って突進した。だが、黒い霧が盾のように立ちはだかり、剣が弾き返される。
「くそっ……どうすればいいんだ!?」
その時――
「私が……やってみる!」
シアが手を前に突き出し、目を閉じて集中し始めた。そして――
――眩い光が彼女の手から放たれた。
「シア!?」
俺が驚いて振り向くと、その光はダークハンターの黒い霧を焼き払い、奴の体を直接露わにした。
「今よ、大地!」
ティリアの声が響く。俺は迷うことなく剣を構え、全力でダークハンターの胸部を斬りつけた――
――ズガァァァッ!!
剣が核を貫いた瞬間、ダークハンターの体が崩れ落ち、黒い霧が消滅していく。
「やったか……。」
俺は息を切らしながら剣を鞘に収めた。シアは光を収めながら、少しふらついて座り込む。
「シア、大丈夫か?」
俺が駆け寄ると、彼女は疲れた顔で小さく頷いた。
「うん……でも、これ……私の力、まだ全然わからない。」
「それでもお前の力がなかったら勝てなかった。ありがとうな、シア。」
俺が笑いながら言うと、彼女は少し照れたように微笑んだ。
「次はもっと頑張るね、大地。」
戦いが終わり、坑道の奥へと進むと、そこには巨大な扉が待ち構えていた。その扉には、例の「赤い光」を彷彿とさせる魔力が漂っている。
「ここが……次の鍵ね。」
ティリアが扉を見つめながら呟く。その声には緊張が滲んでいた。
「行くしかないな。」
俺たちは覚悟を決め、その扉を押し開けた――その先に待ち受けるのは、さらなる闇か、それとも……。