第3章:森の外に広がる謎
1節 静けさを取り戻した村
シャドウハウンドを倒し、祠の中に漂っていた黒い霧が完全に消え去った。その瞬間、祠を中心に広がっていた魔力が解放されたかのように、森全体が静寂を取り戻した。
「……終わったのか?」
俺が剣を鞘に収めながら呟くと、ティリアがほっとした表情で頷いた。
「ええ。霧の原因だった魔力も消えたみたい。これで森は元に戻るはずよ。」
「やっとか……正直、もう二度とこんな森には来たくないぞ。」
俺は肩を落としながら深呼吸する。祠の中はまだ薄暗いが、不気味な空気が晴れたことで、ようやく心に余裕が生まれてきた。
「シア、大丈夫か?」
俺は祠の入口付近で佇んでいるシアに声をかけた。彼女は少しだけ疲れた表情をしていたが、俺の声に気づくと小さく微笑んだ。
「うん……でも、私、本当に役に立ったのかな?」
「もちろんだよ。あの“光の魔法”がなかったら、シャドウハウンドを倒せなかったかもしれないしな。」
俺が笑いながら言うと、シアは少し照れくさそうに目を伏せた。
「ありがとう……大地さん。」
「俺は大地でいいよ。“さん”とかつけなくて。」
「……うん、大地。」
そのやりとりを横目で見ていたティリアが、クスリと笑いながら俺の方を軽く肘でつついてきた。
「大地、こういう時だけ頼れるお兄さんみたいね。」
「やめろ、からかうなって!」
俺が顔をしかめると、ティリアは楽しそうに笑った。
その後、俺たちは祠を後にして、森を抜けて村に戻ることにした。霧が晴れた森はまるで別世界のように明るくなり、木々の間から差し込む光が心地よかった。
「本当に静かになったな……これで村の人たちも安心できるだろう。」
「ええ。だけど、まだ解決していない謎もあるわ。」
ティリアが少し真剣な表情で言う。
「たとえば?」
「祠の封印を壊そうとした“誰か”よ。それに、シャドウハウンドが現れたことも偶然じゃない。誰かがこの森の霧を操ろうとしていた可能性があるわ。」
「そういえば……。」
俺はシャドウハウンドが放っていた黒い霧を思い出した。あれは、以前ヴァリオが使っていたものに酷似していた。もし本当に同じ力が絡んでいるとすれば――
「また厄介なことに巻き込まれそうだな……。」
「でも、大地がいるから大丈夫よ。」
ティリアが冗談めかして言う。
「いや、それフラグだろ!やめろよ、そういうの!」
俺が文句を言いながら歩いていると、シアが後ろから俺の袖を引っ張った。
「大地……私、ついて行ってもいい?」
「え?」
「私、あの光の魔法のこと……もっと知りたいの。それに、祠の封印を壊そうとした人のことも気になる。私にも何かできることがあるなら、一緒に行かせてほしい。」
彼女の目は不安そうだったが、その奥には強い意志が宿っていた。
「シア……。」
「いいんじゃない、大地?」
ティリアが笑いながら肩をすくめる。
「森を救った仲間なんだし、断る理由はないでしょ?」
「……まあ、そうだけど。」
俺は少し考えた後、小さく頷いた。
「わかった。これからは俺たちと一緒に行動しよう。ただし、危険なことには絶対に首を突っ込むなよ。」
「うん、ありがとう!」
シアが嬉しそうに笑う。その笑顔を見て、俺も少しだけ安心した気持ちになった。
村に戻ると、長老や村人たちが出迎えてくれた。
「おお、冒険者殿!霧が晴れたのを見て、もしやと思っていましたが……本当に森を救ってくださったのですね!」
長老が深々と頭を下げる。それを見て、村人たちも次々と感謝の言葉を口にした。
「まあ……なんとかなりましたよ。」
俺は照れくさそうに頭を掻きながら答える。
「報酬はしっかりもらうけどな。」
「大地、そこは控えめにしなさい。」
ティリアが苦笑いしながら俺を肘で軽くつついた。
その後、長老から依頼の報酬を受け取り、村でしばらく休息を取ることにした。だが、心の中にはまだ不安が残っている。
(祠を壊そうとした“誰か”……それが何者なのか、今はわからない。でも、またどこかで動き出す可能性は高い。)
俺はシアが見つけた“光の魔法”と、この事件の背後にある謎がどう繋がっているのかを考えながら、剣の柄を握りしめた。
(次に何が起きても、絶対に守る――。)
そう心に誓いながら、新たな冒険への準備を進めるのだった。
2節 動き出す影
翌朝、村の朝日は清々しいほど眩しく、霧の晴れた森が穏やかな空気を取り戻していた。村人たちは喜びに満ちた表情を浮かべ、日常を取り戻そうと働き始めていたが、俺たちは新たな問題を抱えていた。
「ティリア、シア、準備はできたか?」
俺は村を出る準備を整えながら二人に声をかけた。ティリアは荷物を肩に背負いながら、小さく頷く。
「もちろんよ。でも、村を出る前に少しだけ確認したいことがあるの。」
「確認?何かまだ残ってるのか?」
「ええ。昨日の祠のことだけど……どうも腑に落ちないの。」
ティリアの目は鋭かった。俺もそれには同感だった。確かに霧の原因を取り除いたが、祠の封印を壊そうとした“誰か”が誰なのか、その正体は未だ掴めていない。
「確かに、封印を狙った奴がまだどこかに潜んでるとしたら、次はどこで動き出すかもわからないな。」
「だから、長老にもう一度話を聞いてみましょう。村の人たちが知らないかもしれないけど、少しでも手がかりを掴んでおきたいわ。」
「了解。俺も協力する。」
村の広場にいる長老の元を訪ねると、彼はまだ俺たちの霧の浄化に感謝してくれていた。だが、ティリアの問いには深く考え込むような表情を浮かべた。
「祠の封印を壊そうとした者、ですか……正直なところ、私にも何も心当たりがありません。ただ……」
長老は少し躊躇いながらも続けた。
「森の祠には昔から“邪悪な者を封じる力がある”と言い伝えられていました。それが何を意味するのか、今となっては誰も知らないのですが……。」
「邪悪な者……。」
ティリアが呟く。その言葉にはどこか嫌な響きがあった。
「他に何かありませんか?たとえば最近、村を訪れた見知らぬ人や、妙な出来事が起きたとか。」
俺が尋ねると、長老は少し考えてから首を振った。
「ここ最近、外から人が訪れることはほとんどありませんでした。ただ……数週間前に、森の奥から“赤い光”が見えたという話を聞いたことがあります。」
「赤い光……?」
「はい。それが祠と関係あるのかはわかりませんが、森に住む者たちにとって、不気味で恐ろしいものであることは確かです。」
長老の言葉に、俺たちは顔を見合わせた。赤い光――何か大きな力が動いている証拠のような気がしてならない。
村を出た俺たちは、赤い光の正体を探るために次の目的地を定めることにした。
「ティリア、これって……祠の封印を狙った奴の仕業だと思うか?」
俺が森を抜ける道中で尋ねると、ティリアは少し考え込むように口を開いた。
「可能性は高いわ。あの封印を壊すには、ただの魔法使いじゃなく、相当な魔力と知識が必要よ。つまり、あの“赤い光”も、それを引き起こした誰かの力と考えていいでしょうね。」
「ってことは、またヤバい奴がいる可能性大ってわけか。」
俺は頭を掻きながらため息をつく。どうにもこうにも、一難去ってまた一難だ。
その時――
――ピリリリッ!
突然、シアが後ろで小さく悲鳴を上げた。
「どうした、シア!?」
振り返ると、シアの手から微かな光が漏れていた。それは祠で彼女が使った“光の魔法”に似ているが、どこか違う――それは淡く震えながら、彼女の周囲に小さな紋章を浮かび上がらせていた。
「これ……どうして?」
シアは困惑した表情で手を見つめている。
「さっきの光、どうやら祠の魔力に反応したものみたいね。」
ティリアが冷静に分析する。
「祠の魔力……ってことは、まだ何か繋がってるのか?」
「ええ。それに、この光はシア自身の力と関係があるわ。彼女の中に眠っている力が、祠の封印を通じて目覚めつつあるのかもしれない。」
「眠っている力……。」
俺はシアを見つめた。彼女はまだ怯えた様子だったが、その光を見つめる目には、かすかに何かを感じ取ろうとする意志が宿っていた。
「シア、大丈夫か?」
俺が声をかけると、彼女は少し頷いて答えた。
「うん……でも、この力が何なのか、自分でもわからないの。」
「わからなくても、焦る必要はない。俺たちで一緒に探していけばいいさ。」
俺が笑ってそう言うと、シアも少しだけ安心したように微笑んだ。
「ありがとう……大地。」
その夜、俺たちは森を抜けた小さな野営地で焚き火を囲みながら休んでいた。森を抜けたばかりの空気は澄んでおり、星が綺麗に輝いている。
「次は赤い光の正体を調べるために進むわけだけど……それが何かによって、これからの冒険が大きく変わるわね。」
ティリアが焚き火を見つめながら言う。
「変わるって……また厄介なことになりそうだな。」
俺が苦笑いを浮かべると、ティリアも同じように笑った。
「大地、そう言いながら結局いつも全力で頑張るじゃない。だから、今回も任せるわよ。」
「いやいや、人を便利な盾みたいに言うなよ!」
俺たちがそんな軽口を叩き合っている中、シアは焚き火の光に手をかざしていた。彼女の手はまだ微かに光を放ち、その光が何を意味するのかを問いかけるように静かに燃えていた――。
3節 赤い光の先に待つもの
翌朝、俺たちは再び旅を開始した。赤い光の手がかりを探すため、森を抜けてさらに奥へと進む。地図には載っていないような人跡未踏の道を進む俺たちの周囲は、だんだんと不気味な空気を帯び始めていた。
「……なんだか、妙な感じがする。」
俺は歩きながら周囲を見回し、剣の柄に手を置いた。目に見える何かがあるわけじゃないが、肌にまとわりつくような違和感が離れない。
「大地、それ感じた?」
ティリアが前を歩きながら振り返る。その表情も緊張している。
「ああ。空気が変だな……まるで何かに見られているみたいな。」
「そうよね。普通の森じゃないわ。ここから先、気を引き締めて進みましょう。」
「了解。」
俺たちはさらに奥へと進む。そんな中、シアが不安そうに俺の袖を掴んできた。
「大地……何かいるかもしれない。」
彼女の声には、いつも以上に緊張感がこもっていた。その瞳は森の奥をじっと見つめている。
「シア、何か見えたのか?」
俺が尋ねると、彼女は小さく頷いた。
「光が……赤い光が見えたの。でも、すぐ消えちゃった。」
「赤い光……!」
俺たちは顔を見合わせる。その光こそが今回の目的であり、また謎を解き明かすための大きな手がかりだ。
「気をつけろ、シア。無理はするなよ。」
「うん……。」
シアは小さく頷きながら、俺の後ろに隠れるようについてくる。
森を進むと、次第に赤い光が薄く点滅するように見え始めた。それはまるで俺たちを誘うかのように、一定の間隔で瞬いている。
「なんか、これ罠じゃないか?」
俺は疑いの目を向けながら呟く。
「可能性はあるわね。でも、進まないわけにはいかない。」
ティリアが弓を握りしめながら前を見据える。その鋭い目には、どんな危険にも立ち向かう覚悟が宿っていた。
「罠なら罠で、俺たちで切り抜けるしかないか……。」
俺は剣を握り直し、光が示す方向へと足を進めた。
やがて、俺たちは森の奥にある開けた場所にたどり着いた。そこには古びた石碑が立ち、周囲には巨大な岩と枯れた木々が不気味にそびえている。そして――その石碑の上に浮かぶようにして、赤い光が点滅していた。
「……これか。」
俺は石碑を見上げながら剣を構えた。赤い光は脈動するように明滅を繰り返し、その中からわずかに黒い霧が漏れ出している。
「どう見ても嫌な予感しかしないんだが。」
俺がぼやくと、ティリアが慎重に矢をつがえた。
「油断しないで、大地。この石碑、ただの遺物じゃないわ。明らかに“封印”か“祭壇”のどちらかよ。」
「また封印かよ……。」
俺がため息をつく間にも、石碑の赤い光は徐々に強くなり、周囲の空気が震え始めた。そして――
――ズズズ……
突然、地面が揺れ、石碑の上にあった赤い光が弾けるように広がった。その光の中から、漆黒の霧が渦を巻き始め、次第に巨大な形を作り出していく。
「おいおい、またこれかよ!」
俺は剣を構え直し、全身に力を込める。霧が形を成した瞬間、それは漆黒の鎧をまとった巨人のような姿をしていた。
「……ダークナイト……!」
ティリアがその名を呟く。
「ダークナイト?また強そうなのが出てきたな……。」
俺が息を飲むと、ティリアが矢を放ち、その巨人を牽制する。だが、矢は巨人の鎧に弾かれ、全く効いていないようだった。
「この鎧、ただの魔力じゃない……!大地、慎重に戦いなさい!」
「言われなくてもわかってるよ!」
俺は巨人の剣の一撃をなんとか避けながら、反撃の機会をうかがう。だが、その動きは驚くほど速く、一瞬の油断も許されない。
「大地、あいつの動きに合わせて攻撃するのよ!」
ティリアが叫ぶが、俺は必死に剣を振るいながら叫び返した。
「言うは易し、だろ……!こいつ、やたら硬いんだよ!」
その時――シアが前に出てきた。
「シア、下がれ!危ない!」
俺が叫ぶが、シアは手を前にかざし、強い意志を込めた瞳でダークナイトを見つめた。そして――
「光よ……私を守って!」
彼女の手から再び眩い光が放たれた。その光は、ダークナイトの黒い鎧を弾き、その動きを一瞬止める。
「大地、今よ!」
ティリアが叫ぶ。その声に応え、俺は剣を握り直し、全力で突進した。
「これで終わりだ!」
剣を振り下ろし、ダークナイトの胸部を狙う。すると――
――ズガァァァッ!!
剣が鎧を貫き、ダークナイトの体が霧となって崩れ落ちていく。その場に残ったのは、静けさだけだった。
「やったのか……?」
俺が息を切らしながら呟くと、ティリアが駆け寄ってきた。
「ええ、大地。よくやったわ。」
「いや……シアのおかげだろ。」
俺はシアの方を見る。彼女はまだ手から光を放っていたが、その表情には疲れが見えた。
「シア、大丈夫か?」
「うん……でも、私、この力……どうして?」
「それは、これから調べていこう。」
俺は彼女の肩に手を置き、微笑んだ。
石碑の前には、ダークナイトが残したかのような黒い結晶が落ちていた。それは漆黒に輝き、不気味な力を放っている。
「これ……赤い光の正体と関係があるかもしれないわね。」
ティリアが結晶を拾い上げながら言う。その表情には警戒の色が浮かんでいた。
「何かわかるか?」
「詳しく調べるには時間がかかりそうね。でも、この力……以前ヴァリオが使っていたものに似ている気がするわ。」
「またヴァリオかよ……!」
俺はうんざりしたように頭を掻いた。
「まだ何か大きな裏がありそうね。」
ティリアの言葉に、俺たちはさらなる謎の存在を確信した。そして、シアの光の力とこの結晶――それが次の冒険に繋がる鍵になることを感じながら、俺たちは新たな旅へと踏み出す準備を始めた――。