第七部
翌日、いつもなら家事を終えて昼食を摂っている時間に美鈴はマンションを出た。
彼女が向かったのは鏡を購入した骨董品店だった。
美鈴は店主に会い、以前購入した鏡のことを話した。
店主は、美鈴と平野が来店したこと、鏡を購入したことを覚えていた。
美鈴は、あの鏡を手に入れた経緯について店主に尋ねてみた。
年配の店主は話好きなのかペラペラと話してくれた。
「ここからそう遠くない場所に角田悠介というコレクターが住んでいてね、彼から譲り受けたんだよ。部屋のコレクションがたんまり増えて置き場がなくなったから、もらってほしいとね。買い取ってもいいと言ったんだが無料で譲ってくれたよ。昔からのよしみだから気を遣ってくれたんだろう。譲り受けた鏡だがなんでも歴史的な代物で、私も骨董的な装飾に惹かれたのを覚えているよ。しかし、今にして思えばちぃと値が高かったかな、と反省しているよ。悪かった」
と、年配の店主が手刀を切って頭を下げた。値段の高さに腹を立てて美鈴が来たと思い込んでいるらしい。
美鈴は苦笑いを浮かべてやり過ごしてから、角田悠介というコレクターがどこにいるかを尋ねた。
店主は躊躇なく住所を教えてくれた。それだけ昔馴染みの間柄ということだろう。
場所は、店主のいうとおりそんなに遠くない場所だった。
美鈴は店主に教えられた通り、近場のバス停留所からバスに乗り、十二、三分間かけて目的地へと向かった。
停留所を降りてから住居のある場所に向かって歩いているうちに、「角田」という名が彫られた表札を発見した。
どこにでもありそうな平凡な一軒家だった。
美鈴は呼び鈴のボタンを押した。
「誰?」
ぶっきらぼうな男の声が聞こえた。
「突然すみません。コレクターの角田悠介さんのお宅でしょうか?」
美鈴がマイクに向かって尋ねると、やや間があってから「そうだけど」と素っ気ない返答があった。
「私、F町のK骨董品店から角田さんのことを聞いて伺った下崎と申します。少しだけお時間をいただけないでしょうか?」
返事がなかった。
美鈴が忍耐強く待っていると、玄関の扉が開いた。
まともな食事にありついているのかどうか疑いたくなるぐらいほっそりとした肉付きと、ふしだらに伸ばした髪に申し訳程度のちょび髭を生やした風采の上がらない男が出て来た。
「角田さんですか?」
美鈴は一応確認した。
「そうだけど、なんのご用?」
と、角田が眠そうな目をショボショボさせながら言った。
角田の口から漂う口臭に思わず顔をしかめそうになった美鈴は、
「K骨董品店の店主にお譲りした鏡のことで少しお話させていただきたいんですが」
と、なんとかこらえながら言った。
角田は眠そうな目をこすると、まるで値踏みするような目を上から下へと移動させながら美鈴を見た。
相手の無遠慮な視線に美鈴は不快感を抱いたが、グッと我慢した。気に入らないことがあったら相手を門前払いしてさっさと部屋に引き上げる性格の悪さを、顔を合わせたわずかな時間から美鈴は読み取ったからだ。
角田は最後にジッと美鈴の顔を見つめてから、
「どうぞ」
と、彼女を中に招いた。