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  作者: 志賀将治
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第二部

「ごちそうさま」

 朝食を終えた平野がビジンスバッグを持って出勤しようとするのを美鈴は呼び止めた。

「ネクタイが歪んでるわ」

 美鈴はネクタイに手を伸ばし歪みを直した。

 それから、確認してもらうために壁にかけられた鏡の前へと平野を連れた。

「本当に歪んでたのかい?」

 と、平野が笑いながら言った。

「どうして?」

「てっきり、この鏡を使ってほしくてネクタイを直すフリをしたのかと思ってね」

「進ってば、相変わらずの勘ぐりね」

「そう? でも、これは美鈴のために買った鏡だから、美鈴が使うのが相応しいとボクは思うよ」

「そんな遠慮しなくていいよ。同棲している関係なんだから、お互い使う物も共有し合わないと。むしろ、私はその方が嬉しいわ」

「それなら、ボクもこれから使わせてもらうよ」

 と、平野は言ってから寝癖が残っていないか確認した。

 美鈴は平野と一緒に玄関を出た。

 平野がエレベーターに乗って一階まで下りている間、美鈴は手すりに手をやって平野がマンションから出て来るのを待った。

 マンションから現れた平野がこちらを見上げ、美鈴に向かって手を振った。美鈴も「いってらっしゃい」と声を出して手を振り返した。

 それから、平野の姿が見えなくなるまで見届けた。こうやって見送りをするのが美鈴の日課だった。

 美鈴が部屋へ戻ろうとしたとき、隣の扉が開き男が一人現れた。

「おはようございます」

「あら、津山さん。おはようございます」

 相手は、美鈴たちの隣に住む津山研一郎という男だった。

「今日も相変わらずご主人のお見送りですか?」

 と、津山は持っていたゴミ袋を地面に置きながら聞いた。

「津山さんってば、私たちまだ交際中ですよ」

 美鈴が苦笑しながら言うと津山はハハハと笑い、

「でも、いずれはご結婚される予定なんでしょう」

「はい」

「そのときは、こちらもお祝いさせていただきますよ」

「ありがとうございます。津山さんが結婚されることがあったら、私たちもお祝いしますよ」

「嬉しいですね。だけど、そもそもボクには交際中の女性もいないし、部屋に缶詰め状態のシナリオライターをしている限り、そういう相手とはまず巡り合えないでしょうね」

「そうですか? だって、津山さんって顔立ちも整っているし人柄も素敵だから、言い寄ってくる女性がいてもおかしくないと思うんですけど」

「買いかぶりですよ」

 津山は笑うとゴミ袋を手に持ち、会釈をしてエレベーターへと向かった。

 歩き方にもどこか品がある津山の後ろ姿を、美鈴はぼんやりと眺めた。

(あんな素敵な人が独り身だなんて信じられないわ)

 津山と顔を合わせるたび、美鈴はつくづくそう思っていた。

 顔立ちはお世辞ではなく確かに整っていて、性格も純粋無垢で優しく生真面目過ぎず、かと言っていい加減でもない。社交的な性格で人との交流も大切にする謙虚な人柄と、異性なら間違いなく惹かれる要素で溢れている。実際、マンションの住民からの評判も芳しく、困りごとがあったときに助けを求めると、心地好く引き受けてくれるなど頼りになる存在として認知されていた。

 まさに模範すべき人間性を備えていると言っても過言ではないのに、これも住民から得た情報だが、一度も結婚歴がないという。津山本人も、過去に交際したという女性はいない、と話していたらしい。

(交際した過去があるのを打ち明けられない事情でもあるのかしら?)

 と、美鈴は深読みしたことさえあった。

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