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1日目

春はあけぼの

誰だ、そんな事を言った女は?


例年なら花曇りだの花散らしの雨と言われてもおかしくない3月の終わり

桜の開花宣言も遅れどんよりとした朝

ふわふわとした細かい小雨に降られながら駅を目指す

コロナ前に通っていたジムにも昨年復活し

ストレッチと筋トレを充実させたおかげで

早歩きにも慣れてきた


今日は通勤ではない

私の中の1/16のルーツを探しに行く

比較的晴れ女なのに、なんでこんなにも曇天なのか

すると、前向きに考える癖スイッチ発動

1/16のルーツに相応しい気もしてきた

深いモヤに包まれたルーツ

謎だらけの旅


ことの発端は、年休消化の連休に旅をしたくなったから

行きたい場所などない

自宅で過ごすのも飽きた

もうすぐお彼岸だなと、ふと思った時に降りてきた

母の生まれた時の本籍地

岐阜県に行ってみようか

母も80歳になり、私なりに知っておきたい

母は東京生まれで岐阜には行ったことがない

母の兄弟はみなファミリーヒストリーに興味がない

祖父のルーツを調べたくなった

叔父に連絡したところ、

古い戸籍謄本を貸してくれた

これで調べてこいと


前職で戸籍謄本を読む事が多かった私は

それを読む事は苦痛ではなかった

そこから私の旅の準備が始まった


敦賀まで延伸した北陸新幹線に乗る

新幹線到着3分前に余裕で到着

隣の席の女が座席についてすぐに化粧を始める

不愉快と思うのは自分が昭和生まれの女だからか?

他人の化粧の仄かな匂いのせいか?

窓側の席を予約して良かった

多少は気がまぎれる


女の化粧も一段落し、

車窓からは霞がのしかかった軽井沢が見える

こんな天気に旅をした記憶がない

今年の3月の天気はひどい


北陸新幹線は長野駅を過ぎるとほとんどトンネルになる

車窓好きの乗り鉄としては地下鉄に乗るくらい興味が湧かない

新幹線の駅が近づくと広がる車窓も

今日の雨では海も灰色で見えない


1時間40分の新幹線の旅も

富山であっという間に終わる

便利になったものだ

スーツケースを持つ人より

黒いバッグパックのスーツ姿が多い

日帰り出張というより

通勤でも可能な時間かもしれない

交通費は想像しない事にする


富山駅の外は土砂降りの雨

季節の変わり目の旅は服装がむずかしい

駅のベンチでインナーダウンを着込む

無駄に汗をかかずに済むからこれ正解

登山で覚えた脱ぎ着のできるコーディネート

撥水加工のベンチコートは雨対策

多少の雨ならフードで充分

黒いから何かの犯人と間違えられない事を祈る


目的地行きの高速バス乗り場で

オンラインチケットの掲示方法に戸惑いながら

昨日ネット予約したバスにたどり着いた事にホッとする


走り出したバスの車窓を楽しみにしていたのに

湿度の高い冬の車内は

結露のシルクスクリーンで覆われ全く楽しめない


まぁ今日の旅は自分のルーツ探しのおまけ

おまけが世界遺産なのだから、贅沢だと思えて前向きになれるのだった


富山ICから高速道路に乗ると睡魔に襲われた

確かに今日はいつもより早起きした

車窓も見えないし睡魔と戦う理由もなく

早々に降参して眠りにつく


半時くらい寝たのだろうか

目覚めるとシルクスクリーンに覆われているはずの窓の外で山肌から水蒸気が上がるのが見えた

あっという間ではあるが、とうとうここまで来たなと言う感覚もある

もうすぐ白川郷だ


山間部を走る高速道路にはトンネルが多い

崖崩れのリスクが少なく雪にも強い

それにしてもトンネルばかりの車窓は退屈だ


スピードが落ち遠心力による横Gを感じた事で

ぼんやりと窓の外を眺めていた私でも

高速バスがインターチェンジから降りたと知る

もうすぐ白川郷だ


バスを降りる乗客は少なかった

元々富山駅でも7人しか乗っていない

平日だし空いているのかと勝手に想像していたが

その予想はすぐに訂正せざるを得なかった

高速バスの乗客は少ないのに

白川郷の高速バス乗り場は外国人で埋まっていた

天気も悪いし誰もいないだろうと展望台まで歩いた

歩く道すがら数人の外国人観光客とすれ違うが

展望台にはバス一台分の観光客が現れた

しばらくすると私の歩いてきた道からも続々と外国人観光客が押し寄せる

どこからか湧いてくるように増えてきた

展望台から白川郷を見下ろすと

バスターミナルには観光客を乗せたカラフルな大型バスが止まり始めている

これか…

バスから溢れ出す傘は、倒れた花瓶からこぼれ落ちるビー玉のように八方に散らばってゆく

ここが人の泉だ


雨で湿った3月の終わりの白川郷は水墨画のようだ

灰色の雲と山から上がる水蒸気

葉のない広葉樹と古い針葉樹の葉を擁す山は暗く

埃で変色した残雪に覆われる田んぼは、ところどころ茶褐色の元気そうな土が見える

そして、水分をたくさん含んだ茅葺き屋根の集落は晴れた日より茶色が濃い

人や車、動くものだけに色がある

迷い込んできたかのように


白川郷…というか、世界遺産の集客力に遅かれながら圧倒されながらも

どうやら腹ごしらえが必要になってきた

自宅で朝食を食べ、新幹線とバスに乗っただけなのに腹が減る

私の満腹中枢はとかく何かに騙されている気がする

雨だから食べ歩きは避けたいが

空腹に気付いたのが展望台

とりあえず目の前にある朴葉味噌の五平餅が無性に食べたい

考える間もなく人の列に並び甘くて香ばしい味噌と柔らかくて粒感のある餅が口の中で交わる感覚に酔いしれた


しかしながらそれで腹を満たすことは無かった

次は何にしようか考えながら展望台を降りる

冬のせいか展望台の脇にひっそりと構える世界遺産の碑には誰も目をくれない

せっかくなので写真に収めようとわけいってみた

足元がぐちゃぐちゃで立ち寄りたくない理由も理解した

ところが私の後に続く外国人がいる

とりわけ景色が良いわけでもないので

申し訳ない気持ちになるも群衆心理とはかくなるものとしれっとその場を去る


登ってきた坂道を降り、白川郷の合掌造りの家並みを探訪

想像以上に昔のままだった

雨戸もない障子一枚の2階以上の窓

それでも1階の囲炉裏から煙と共に上がるほのかな熱に癒される上層部

ほんの100年前までこれが当たり前の世界

断熱?密閉?

厳しい環境でも人は生きてきた

生きれない人は淘汰されてきた

そこで研ぎ澄まされた日本人のDNAは20世紀と共に葬られつつあるのかもしれない


それでも腹は満たされていなかった

何か食べたいと思うも帯に短し襷に長し

かけそばかけうどんでいいのにと探すも見つからず

すでに時は正午を半時も過ぎて1番回転の悪い時間になってしまった

集落に小さな食堂を見つけた

もうこれが最後かもと店に入って並んだ

定食は売切れていたものの蕎麦はあった

これくらいが丁度いい

おそらく地物の蕎麦でもないがとりあえず食べておいて足りなきゃ食べ歩けば良い

20席もない食堂

確か長く並んでいる時に天ぷら蕎麦にしようと決めていたのになぜか口から出てきた言葉はなめこ蕎麦だったのが理解できないが結果的には良かった

ちょっと足りない満足感を後につくねの串焼きで満たすことができたから


合掌造りの個人宅と寺を巡っていたら

あっという間に3時間が経過していた

そろそろ高山に向かおう

今日の宿はそこにある


お土産屋で帰りに何を買って帰るか下見をしながら白川郷のバスターミナルに向かう

バスターミナルは相変わらずの外国人観光客で埋め尽くされていた


高山行きのバスは予約しなかったので

バスターミナルで確認

さほど混んでないと窓口の方がいう

確かに乗り場には並んでいない…

と見せかけて

バスが来たらどこからともなく

外国人観光客が湧いて出てきて

あっという間にバスがいっぱいになる

もはやホラーだ

日本人も負けてなかった

空気読めないおじさんが2人のおばさんを引き連れ

割り込んできた

カオスだ 早くバスよ 出発してくれ


気になると同時にまたもや睡魔が襲ってきた

雨は止む気配もなくトンネルも多い

当然ながら睡魔と戦う理由などないので

心地よい揺れに身を任せた


次に目覚めたのは高速バスが高山インターチェンジを降りて少し経っていた頃だった

タイムスリップしたかのように町は雨に濡れても人工的な色で溢れていた

高山駅に初めて立つ

思っていたよりホテルも多い

世界遺産効果だ

古い建築物も混在しているが普通の地方都市より活気があるのは駅周辺の外国人観光客のせいかもしれない


駅近くのお気に入りのホテルにチェックイン

高山は初めてだがここのホテルグループが好きだ

部屋が畳敷なのが特に好き

足がスッキリする

白川郷を歩いたとはいえ大した量ではないと

スマートウォッチで確認すると意外にも10000歩を超えていた

しかし夕飯を食べるならもう少しお腹を空かせたい

ならば行くべきところはひとつ


ここのホテルグループの部屋には

必ず籠が部屋に置いてある

大浴場に行くためのタオル籠

こういうところも気に入っている理由のひとつ

着替えを持たず籠だけ持ち大浴場へ向かう

お腹を空かせるなら温泉入るのが1番だ


豪華な観光旅館と異なりビジネスホテルだから大浴場と言っても小さい

それでも寝湯やサウナもあり露天もある

近隣の家から見えそうだけど最上階だから

見えそうで見えなさそう

曇天とはいえ雨も小降りになる

13階ながらも空が近く感じるのは標高のせいなのか開放感からなのか


お湯はトロンとしている

化粧水のお風呂に入った感覚で贅沢な気分に上がる

顔も洗わず汗だけ流し、雨で冷えた身体を温めると

また動き出せる

リフレッシュと言う言葉は温泉のためにある気がすると思うのはいつもこのタイミングだけ

さて何を食すか


飛騨高山に来たなら飛騨牛が食べたい

鶏ちゃん焼きも食べたい

焼肉か?と高山の焼肉店を検索する

でも1人だし落ち着かないからカウンターのあるお店がいいかも

最初に飛騨高山の有名な焼肉屋に行ってみた

30人以上並んでいる

違うな…

すぐに切り替えて、カウンターのある椿屋という料理屋を歩いて目指す


予約なしで入ったので誰もいないカウンターに案内された

思惑通り

まずはビールで喉と食道にスイッチを入れる

おすすめメニューが置かれるも、飛騨牛はない

お店の方がホタルイカの天ぷらもあると教えてくれた

こういう時はコミュニケーション料として乗っかってみる

定番メニューに飛騨牛の懐石料理コースがあった

これにしよう

夕飯では米を食べないのでご飯は抜いてもらい

味噌汁と香の物は入れてもらった

途中で熱燗のお供になるし

味噌汁は酔い覚まし


前菜とホタルイカの天ぷらが出てきた頃

髪の長い香港人女性がカウンター席に入ってきた

メニュー表はどこの国でも難しい

自分が海外旅行した時も大抵理解不能だ

もはや神様の言う通りのレベル

隣席の彼女も今そんな状況だろう

石焼き飛騨牛懐石と朴葉味噌の飛騨牛懐石の違いを説明するのは難しい

私の方を指差した

私のメニューは何かと聞いている

お店の人も困っている

やむを得ず拙い英語で助太刀に入る

味噌は知っていると聞くと知っていると言う

ならば単なるグリルか味噌味のグリルかの違いだと伝えると理解したようで感謝された

英語なんて中2レベルでなんとかなるものだ

英語教員資格を持った私が本気でそう思う


さてそろそろ飛騨牛を食そうか

霜降りの飛騨牛を石で焼く

ミディアムレアの状態でわさびか塩かタレか選ぶ

その油を熱燗で流し込む

ホタルイカの天ぷらと前菜で準備の整った食道で

残り香を楽しみながらいただく

4切れだけど今日のところはちょうど良い

前菜の歯からシャキシャキ鳴る野菜とお豆腐も

お膳立てとしてはちょうど良い

最近はちょうど良いが嬉しい

最後に香の物で残りの熱燗を飲み干し

味噌汁で酔いを覚ます


帰りしなさっきの香港人女性から再度お礼を言われた

中2の英語なのに

だから中2の英語をバカにしてはいけないのだ


ちょうど良く酔っ払ってホテルに戻り

今度は本気の温泉に入湯

お腹も身体も満たされて心地よい疲れが

身体を纏う

布団に入るタイミングを見計らう

もう少しだけ余韻を味わいたい

今日初めて寝るのを我慢した

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