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33話 思わぬ吉報

 執務室へ入ってきたのは、クララだった。

 病院ですれ違ったときは、目を赤くして泣いていたが、今の惨状はもっとひどい。

 右目の周りがどす黒くうっ血し、腫れあがっていた。

 明らかに、殴られたのだと分かった。

 公爵令嬢のクララを殴れる人物など、限られている。

 ベロニカはすぐにクララを椅子に座らせた。

 気を利かせて、ラミロが布を冷たい水で濡らして、持ってくる。

 それをクララの右目にあてがいながら、ベロニカはクララが話し始めるのを待った。


 しばらく黙っていたクララだったが、ぽろりと涙を零すと、堰を切ったように訴えた。


「ベロニカ、あなたなら出来るでしょう? お父さまを捕まえて、牢に閉じ込めてちょうだい」

「クララを殴ったのは、叔父さまなのね?」

「殴られたのはどうでもいいの。それよりも、ティティを殺そうとしたのが許せない。ティティ……もう元に戻らないのかしら?」


 クララがベロニカに寄り掛かるように縋りつく。

 ひっ、ひっと、喉奥から嗚咽も漏れだした。


「私のこと、クララちゃんって呼ぶの。そう呼んでいたは、幼少期のときだけだったのに。ティティは、お父さまの金庫にあった大量の毒のせいでそうなったのよね? お父さまは自業自得だって言うけど、そんなのってないわ」

「あれが毒の瓶だと、知っていたの?」

「ううん、知ったのは後になってからよ。瓶を持ち出したのがお父さまに知られて、怒られたときに教えてもらったわ。あれは危ない品だったんだって。それから私、罰として部屋に閉じ込められていたの」


 荒い呼吸で息継ぎをし、一生懸命に話すクララに、ベロニカは耳を傾ける。

 執務室の一角で行われているやり取りに、ルーベンを始め男性陣も耳を澄ませていた。


「だけど、今日……ティティがばら撒かれた毒を吸い込んで、入院していると使用人が聞きつけてきて……私、部屋を抜け出したわ。入院しているのも、知らなかったのよ。とても心配して病室に向かったら、あんな……」


 そこでクララは、大きくしゃくり上げた。


「病院から帰って、お父さまを問い詰めたわ。そしたら、ベロニカを殺すために毒をばら撒いて、ティティも巻き添えにしたと言うじゃない。毒の秘密を知られたからって、殺さなくてもいいでしょう? だって、ティティは、私の恋人なのに……」


 わあわあと泣きだしたクララの背を、ベロニカは優しくさすってやった。

 きっとベロニカの背後にいる男性陣の間では、クララを証人に立てられないかと、相談が始まっているはずだ。

 

「……幼くなったティティは、なぜかベロニカを崇拝しているわ。あなたのことを、女神のように褒め称えるのよ。だから、さっきは嫉妬して睨んでしまったけど……お父さまに勝てるのは、ベロニカしかいないって、そう思ったからここに来たの。ベロニカがティティの仇を取ってくれたら、私もベロニカを女神だって、褒め称えるわ」


 クララは、ベロニカの腕の中から身を起こし、たくさんのリボンがついたドレスの隠しから、あるものを取り出した。


「これ、お父さまを捕まえるための、証拠にならない? お父さまに殴られて、倒れた先にあったの。たくさんあったから、私が数枚持ち出しても、お父さまは気づいてないはずよ」


 くしゃりとシワのついた紙は、怪しい商会が発行した納品書だった。

 それを見たラミロが、ガタリと席から立ち上がりクララに近づくと、「確認させてください」と断りを入れて紙のシワを伸ばし始める。

 品名には砂時計と書いてあるが、毒の粉の瓶の形状を指しているのは明白だ。

 納品書の宛名は『イサーク伯爵』となっていて、クララがサルセド公爵家から持ってきたことを考えると、間違いなくこれが取り引きで使われたサルセド公爵の偽名だろう。


「証拠として押収された受領書の中に、この名前があったのを憶えています」


 ここでもラミロの記憶力が、遺憾なく発揮される。

 それを受けて、エンリケが次の段階に入ったと明言した。


「これで前進します。クララ嬢という証人に加え、物的証拠も確保できました。もうサルセド公爵を捕えても、大丈夫でしょう」

「ロサ王国の法律だと、サルセド公爵はどんな刑に処されるんだ?」


 ルーベンがラミロに問う。

 ラミロは頭の中の法律書をめくり、その答えをすぐに見つけた。


「先代国王さまの暗殺容疑が固まれば、それだけで極刑です。もし、そちらが嫌疑不十分だとしても、女王さまを含めた不特定多数の殺人未遂罪が残ります。その場合も、やはり極刑です」

「どっちにしろ、サルセド公爵は終わりだな」


 満足そうにルーベンが頷いた。

 エンリケによって、サルセド公爵家への家宅捜索の指示が出される。

 先代国王の死から始まった、ベロニカの長い波乱の日々に、ようやく終着点が見えた。

 思わず肩から力が抜けたベロニカに、ルーベンがそっと寄り添う。


「長かっただろう。何にでも、終わりはくる。ベロニカの戦いも、あと少しだ」

「最後まで、気を抜いちゃ駄目ね」

「少しくらいはいいさ。その間は、俺が気を張っていよう。ベロニカの代わりに指揮を取れる存在が、王配だろう?」

「ふふふ、まだ結婚していないわ」


 気の早いルーベンの回答に、思わずベロニカが笑う。


「だったら早く結婚しよう。これでも色々と我慢しているんだ。いっそのこと、ロサ王国の法律を変えて、マドリガル王国方式にしないか? 但し、恋愛結婚に限ると注釈をつけて」


 顔を寄せてきたルーベンの瞳には、本気の想いしか見えなくて、ベロニカの胸がとくんと跳ねる。


「サルセド公爵をとっ捕まえたら、考えておいてくれ。もう俺たちは、十分にお互いを確かめ合ったはずだ。俺の相手はベロニカしかいない。ベロニカだって、そうだろう?」


 ルーベンが、ベロニカの美しい黒髪を持ち上げ、そこに口づけを落とす。

 これまで、そういう類の行為を受けたことがなかったベロニカは、どうしていいか分からず、ただ赤面する。


「初心で恋に不慣れな可愛いベロニカ、芯が強くて美しい女王然としたベロニカ――他にはどんなベロニカを隠してる? いつか全部、俺に見せて欲しい」


 さらりとベロニカの髪から手を放し、ルーベンはいい笑顔を残して、指示を飛ばしているエンリケたちの方へ合流した。

 取り残されたベロニカは、うまく働かない思考を叱咤していたので、隣にいたクララに凝視されているのに気がつかなかった。


「ベロニカ、あなた、恋のひとつもしたことがなかったのね。それなのに、あんな肉食獣みたいなのに目をつけられて、可哀想に……」


 そしてボソリと呟かれ、クララに同情されるのだった。


 ◇◆◇


 セベリノの父である騎士団長へ、『王城の庭園へ毒の粉をばら撒き、女王陛下を殺害しようとした容疑で、サルセド公爵を捕縛せよ』との命が届き、事態は大きく動き出した。

 騎士団長が百人の兵を連れて向かったサルセド公爵家の邸では、突然始まった逮捕劇に、上を下への騒動が起きる。

 取り引きにまつわる書類を暖炉で焼いていたサルセド公爵は、まもなく捕まえられた。


「私に触るんじゃない! 王族に対して不敬だぞ!」


 散々わめきたてていたが、口先だけだ。

 百人の兵を相手にいつまでも抵抗が続くわけもなく、サルセド公爵は渋々のていで連行された。

 ベロニカはそんなサルセド公爵をいきなり牢に入れたりはせず、裁判が行われる日まで、軟禁できる貴賓室に閉じ込めた。


 国中の関心を集めた『毒の粉ばら撒き事件』は、女王の叔父という直近の王族による犯行が疑われ、さらに世間の注目を浴びる。

 裁判の日には、その判決結果をいち早く知ろうと、裁判が行われる王城を取り囲むように、群衆が集まる。

 新参貴族と古参貴族の代表が列席して、いよいよ、サルセド公爵が公に裁かれる時が来た。

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