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12話 奥庭の恋人たち

 結局、政策の仕上がりには時間がかかり、奥庭に向かったのは、かなり遅くなってからだった。

 もしかしたら、もう二人は帰ったかもしれない。

 そう思うと、ベロニカは急ぐ気にもならなかった。

 だからセベリノに、こんな提案をした。


「少し寄り道をして行きましょう。城内の噂話が、聞けるような所がいいわ」

「かしましいのは、使用人たちの集まる休憩所ですね。案内します」


 セベリノの先導で、ベロニカはこれまでに歩いたことがない廊下を進む。

 同じ王城の中だが、壁紙も床材も、ベロニカの居住区とは質が違う。

 歩くたびに聞きなれない音がする床に、ちょっとベロニカは楽しい気分になった。

 そんな冒険心地のベロニカを、打ち砕く声が聞こえたのはすぐだった。


「ねえ、奥庭にティトさまがいらっしゃったの。久しぶりじゃない?」

「女王陛下と仲直りされたのかしら。このところ、疎遠だったでしょう」

「それがね! 別の女性と一緒だったの! しかも、その女性を膝の上に乗せていらしたのよ!」

「どういうこと? ティトさまと女王陛下は、恋人同士だったのではないの?」


 ベロニカがまさに聞きたいと思っていた噂話だ。

 しかし、想像していたよりも、内容がどぎつい。

 ティトとクララの距離感は、やはり幼馴染のそれではないのだ。

 このままでは、ベロニカとの不仲説の方が、広まってしまう。

 早く二人に、このことを注意しなくてはならない。

 二人が幼馴染で、昔からその距離感だったとしても、王城ではそのようには見られないから、控えるようにと。


「本命は、その女性だと思うわ。だって、とても甘やかな雰囲気だったんですもの。ティトさまと女王陛下のお茶会は、いつも面談みたいで、せいぜいが手を握る程度だったでしょう」

「高貴な方のお付き合いって、そういうものだと思っていたけど、違うのね?」

「周囲を警戒しながらだったけど、その女性に口づけもされていたのよ!」


 ベロニカが固まる。

 その後ろで、セベリノも固まったはずだ。


「そんなことあるかしら? だってティトさまは、まだ婚約者で王配ではないでしょう? もし女王陛下に見つかれば、婚約者を下ろされるわよ?」

「だから秘密の恋なのよ、きっと!」

「女王陛下はティトさまのこと、恋人だと思っているんでしょう? ちょっと可哀そうね」

「言われてみれば、ティトさまを優先したせいで、悪の女王なんて呼び名まで付いたのに、報われないわね」

 

 ベロニカの体が、ぶるぶる震えだす。

 怒りのせいなのか、悲しみのせいなのか、分からない。

 セベリノがそっと背を押して、そこから離れさせる。

 これ以上、ベロニカの希望と言えども、噂話を聞かせるのが、忍びなかったのだろう。


 気がつけば、ベロニカはいつもの回廊まで戻ってきていた。

 セベリノが誘導してくれたのか。

 そしてこの先には、幼いころからベロニカがお茶を楽しんでいた、奥庭がある。


「どうされますか? 俺は行かなくてもいいと思いますが」


 セベリノが、先に進むかどうかを尋ねてくる。

 ベロニカの視界に、まだティトとクララの姿は映らない。

 今なら、あの話を聞かなかったことにして、引き返せば傷は浅い。

 だが、はっきり聞いてしまったのに、なかったことに出来るだろうか。

 体が震えるほどせり上がった激情を抑えて、このまま大人しくティトと結婚するのが、ベロニカにとって正しいと言えるのか。


(この目で見て、確かめたい。本当に二人が、恋人同士なのかどうか。そして、ティトがなぜ、私に恋愛結婚を持ちかけたのか、その意図を知りたい。そうでなければ、ティトを恋人だと思って恋い慕っていた、私の心が救われないわ)


 ベロニカは、前に足を踏み出した。

 恋をしていた柔らかい心が、裏切られたくないと泣いている。

 だが、ティトとクララの真実を暴かなくては、裏切りの王配を生んでしまう。

 これ以上、国と民に厄難をもたらす行為を、ベロニカはするわけにはいかない。

 ぎりっと下唇を噛みしめる。

 きっとこの先に、いいことなど待ち受けていない。


 ◇◆◇


「ティティ、いつまで私たちの関係を、ベロニカに内緒にしているつもり?」

「恋人同士だと、公表したいの?」

「ずっとこの奥庭で、ベロニカがティティを独り占めしていたのでしょう? ティティはクララの恋人なのに、頭に来ちゃう。もう二度と、ベロニカと二人きりにはならないで!」

「嫉妬してくれるんだね、可愛いクララ。だけど、サルセド公爵からの指示だからね、もう少し我慢してね」

「早く結婚したいわ。クララとティティは、愛し合って結ばれるの。まるで絵本の、王子さまとお姫さまみたいにね」

「きっと、もうすぐだよ。女王が失態を演じて、代わりにサルセド公爵が即位する。その後じゃないかな?」

「そうしたら、いずれ私に王冠が回ってきて、それをティティと私の子が受け継いでいくのよね? 可愛い子がたくさん欲しいわ」

「私にとって、クララほど可愛い人はいない。もっと私に我が儘を言って、甘えた声を聞かせて。正直、泣き言ばかりの女王の相手は、疲れるんだ」


 ここまで聞いて、カッとベロニカの頭に血が昇った。

 父が亡くなってから国の全てを背負い、弱音を吐くこともなく邁進したベロニカ。

 古参貴族たちの期待と新参貴族たちの値踏みの視線、サルセド公爵の横やりと嘲りの声、そんな中で宰相エンリケや秘書官ラミロとの出会いがあった。

 そして全てを乗り越えたとき、ベロニカの張りつめていた気持ちが緩み、ティトの前でほろりと零してしまった本音を、ただの泣き言と切り捨てられた。

 ベロニカがその本音を漏らすまでに、どれだけの我慢と忍耐をしてきたのか。

 その本音を打ち明けるのに、どれだけの勇気が必要だったのか。

 ティトを信じて、ティトに恋をしたから、ベロニカは打ち明けたのに。

 将来の夫になる人だと、思ったから。

 一生を添い遂げる人だと、思ったから。

 ベロニカの内面をさらけ出して、弱い部分を見せて、それを受け止めてくれたティトに、恋をしたのに。

 すべてはサルセド公爵に仕組まれた、ベロニカを退位させるための罠だったのだ。

 ベロニカが傀儡の女王にならず、サルセド公爵や新参貴族にとって都合の悪い国政方針を掲げたから、排除しようと動き出したのだろう。

 ティトの介入によって、ベロニカは政務から離れ、悪の女王の名を欲しいままにし、一時はサルセド公爵に印璽を預けてしまった。

 恋に不慣れなベロニカを、言葉巧みに操り、心をもてあそんだティトと、それを指示したサルセド公爵へ、言葉にできないほどの悲憤を感じる。


 ザッ!


 ベロニカは、ベロニカとセベリノの姿を隠していた植生から、身を乗り出した。

 そして用意されたティーセットを前に、長椅子に重なるように寝そべるティトとクララの前に、登場してみせる。

 それに驚き、身を起こしたティトの上から、クララが滑り落ちる。


「やだあ、ベロニカ、邪魔しないでよ!」

「ロニ……いつから、そこに……?」


 単純に腹を立てているクララと違い、ティトはこの状況のまずさを理解している。

 うっかりサルセド公爵の話を持ち出して、ベロニカを嘲笑していたのだから。

 ティトはあまりにもベロニカが遅いので、もうここには来ないのだろうと油断していた。

 その油断が今、身を滅ぼそうとしている。


「ティト、婚約は解消するわ。理由なら、あなたが一番よく知っているはずよ」

「待ってくれ! ロニ、これは誤解だ!」

「もうその名前で呼ばないでちょうだい。これは命令です」


 ティトの顔が青ざめる。

 血の気が引く音まで、聞こえそうなほどだ。

 それを見て、セベリノが当然という顔をしていた。

 最初からセベリノは見抜いていた。

 この男は薄っぺらいと。

 セベリノの真贋を見分ける目を、もっとベロニカは信じればよかったのだ。


「ただちに、この奥庭から立ち去りなさい。ここは私が、女王がくつろぐ場です。あなたたちが私に隠れて、密会を楽しむ場ではないのよ」

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