幽霊もどきの夜食会
草木も眠る丑三つ時。草木は寝ていても俺、霜月は起きていた。
電気をつけても薄暗いキッチンで、カメラとパソコンをゆっくりと準備していく。
「よし……」
設置が終わり、お気に入りの真っ黒のスーツのジャケットを羽織る。ボサボサの髪を申し訳程度に整えて配信開始をクリックした。
事前告知は前回の配信でしかしていなかったが何人か待っていたようでコメントが流れはじめた。
音が苦手な俺にとって、文字だけで反応が得られるこのシステムはとてもいいものだ。
「こんばんは。幽霊もどきの夜食会へようこそ。今日も料理配信やっていきます」
幽霊もどき、俺のユーザーネームである。痩せ型高身長で猫背、いつも不気味な笑顔の俺にピッタリだ。つけてくれた知り合いに感謝している。
「今日は肉巻き餅つくります」
何作るんだというコメントが多く流れる中、俺がそう言うとコメントが盛り上がった。
深夜に食べ物を作って食べるだけの俺の配信は、高カロリーの食べ物であればあるほど視聴者が増える傾向がある。
それは俺のテンションも一緒だ。カロリーの高い食べ物を作っているときこそ至高の時間である。
「材料は豚バラ薄切り肉、餅、酒、みりん、醤油、塩胡椒、薄力粉」
食材を画面に映るように並べながら紹介していく。その間もコメントは止まることがない。
『こんな時間に豚バラと餅……罪深い……』
『餅、白米より量食べられちゃう』
『気がついたらとんでもない量食べてる』
「まず、餅をスティックにします。ちょっと固いので気をつけて」
コメントの反応はほとんどせずに、淡々と作るのが俺のスタイルなのでよっぽど気になるコメントがなければ料理に集中する。
『相変わらず笑顔で包丁持ってるのこわいw』
包丁を持つと必ず付くコメントに心の中で頷きながら、餅を均等な幅に切っていく。切り込みが入っている餅もあるが、今回は必要ないので普通の角餅を買ってきていた。
「次に豚バラに塩胡椒振って餅に巻きます」
豚バラをまな板に載せて塩胡椒、餅を端に斜めに置き、くるくると巻く。肉の脂が体温で溶けていくのはもったいない気がするのでできるだけ手早く。
『これ絶対間違いない』
『肉巻きおにぎりの餅バージョンですね』
「あ」
ふとある存在を思いだし冷蔵庫を開けた。口角が上がっていくのを押さえられない。これは最高に素晴らしい思いつきだ。
『???』
『間違えた?』
視聴者のコメントも不思議そうにしている。それを気にすることなく冷蔵庫からとろけるスライスチーズを出すと画面に大きく映した。
途端に勢いよく悲鳴が流れていく。
「残りのはチーズも巻きます」
そう宣言して残りも巻いて、小麦粉をまぶして焼いていく。肉の焼けるにおいと音が食欲を刺激した。このにおいも配信できればいいのにといつも思う。
均等に火が入るように転がしながら焼いていく。チーズが溶けて餅が柔らかくなり肉がカリッとしてきた。
「最後に、醤油とみりん、酒を入れて絡めて完成です」
肉のにおいと醤油の焦げた香ばしい香りが混ざり合う。いい出来だ。
カメラをダイニングテーブルの上の皿のにむけて、その皿へ盛りつけていく。
盛りつけ終わるとカメラの角度を変えて一番美味しく見えそうな位置に置いた。
『うわ、腹減ってきた』
『うまそー』
「はい、じゃあいただきます」
完成した料理を完食するまでが配信だ。大皿に盛られた肉巻き餅を箸でつまみ口に運ぶ。
カリカリに焼かれた豚バラ表面の旨味と、肉が重なった内側の柔らかい部分の甘味が餅に絡んでいる。甘辛いたれととろけたチーズの相性も抜群だ。餅とチーズのコンビの美味さは言うまでもない。
『味の感想は?』
『黙ってるってことはうまいんだよ』
『もどき、まずいときは言うからこれはうまい』
黙って食べていると初見と思わしきコメントに常連が反応してくれている。俺がしゃべらなくても解決しているのでまぁいいかと思い食べつづけた。
俺が無言で食べている間はコメントは減るが、視聴者は減ることはない。最近知ったが、このタイミングで夜食を食べる視聴者が多いらしい。
「ごちそうさまでした」
皿が空になり、箸を置き手を合わせる。
「はい、幽霊もどきの夜食会、これにて閉会です。いつも通りコメント反応控えめでお届けしました」
『控えめってか今日0じゃん』
『それな』
『質問答える動画作ってほしい』
『次の夜食何だろ』
「では、次回の夜食会配信は来週火曜日、草木も眠る丑三つ時です。おやすみなさい」
流れていくコメントを一通りみて、配信を閉じる。
深夜に高カロリー夜食を作って食べるだけの配信を続けて数ヶ月、思ったよりも伸びて今では生活費の足しになる程度の収入になっていた。口下手で反応がうまく出来なくてもそれをキャラクターとして受け入れられているようだった。
さて、来週の夜食は何にしようか。
読んでいただきありがとうございました。
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