小さな勇気が繋いだ恋
「シェリル、大きくなったら僕のお嫁さんになってくれる?」
光り輝く銀髪を風になびかせて赤く澄んだ瞳で僕を見つめる。
彼女に会うたびに同じことを聞いていた。
「うん。いいよ!」
返事はいつも一緒だった。
そして僕とシェリルは手を繋いで笑いながら芝生に寝転ぶ。
何度見ても懐かしく幸せな夢…。
それなのに夢から覚めたら寂しさに襲われる。
シェリルの母と僕の母は幼い頃からの親友だ。
子供の年齢も同じとあって、夏になると避暑地で一緒に遊ぶのが恒例だった。
僕は父と母にお願いした。
「シェリルと婚約をしたい!」
両親は僕が心変わりするかもしれないからと、10歳になっても同じ気持ちであれば婚約するのを認めると言ってくれた。
勿論、シェリルの母もそれに合意してくれた。
父からは「シェリルの気持ちを確認してあげないと駄目だぞ」とも言われていた。
僕は王子だからシェリルが婚約を拒否するのは難しいから。
だから「気持ちを押し付ける真似だけはしない」と両親に誓った。
僕たちが6歳の冬にシェリルの母が流行り病で亡くなってしまった。
翌年から避暑地で一緒に遊ぶという恒例もなくなった…。
シェリルの母の葬儀後から会えていない。
気持ちが変わっているのかもしれないシェリルに会うのが怖かった。
手紙と花束を毎月送っていたけれど、7歳の冬に手紙の返事がなくなった。
一方的な気持ちを押し付けて迷惑を掛けていただけなのかも…。
現実を知るのが怖くて手紙を送るのを止めてしまった。
当時の僕には会いに行く勇気がなかった。
今年の春は僕の誕生日会が盛大に行われる。
約束の10歳になった。
招待客は伯爵以上で婚約者のいない同年代の女の子とその両親。
「今年の誕生日会で婚約者を決めろ」と父から言われている。
今更迷惑なのかもしれない…。
だけどシェリルの家、ブレスト侯爵家に送る招待状に僕は独断で追記した。
『シェリルが来なければ会いに行きます』
誕生日会は正午過ぎから夕暮れまでお城の庭園でガーデンパーティーを予定していたけれど、当日は生憎の雨。
その為、急遽お城の広間を使うことになった。
招待客が揃ったという事で僕と両親は檀上から姿を見せた。
爵位の高い順に招待客が挨拶に来る。
檀上で笑顔を貼り付けながらシェリルを探した。
見つからない…。
胸が締め付けられるようだ。
ブレスト侯爵が挨拶に来たけれどシェリルがいなくてとても悲しかった。
しかし、知らない母と子を一緒に連れてきたのが気になる。
2人は髪色が同じ桃色で纏う雰囲気がよく似ているから親子で間違いないはず。
女の子は装飾品もドレスも宝石をたくさん使っていて豪奢だ。
母親はそれ以上だと思う…。
主役は子だと分かっていないのかな?
王妃より着飾っているのが一目で分かる。
成金趣味でとても下品だ。
「本日はお誕生日おめでとうございます。殿下のご健勝とご多幸をお祈り申し上げます。そしてご紹介させていただきます。妻のアンジェリカと娘のプリシラです」
シェリルの父を軽蔑してしまいそうだ…。
プリシラ嬢の実父がこの人ではないことを願わずにはいられない。
「妻のアンジェリカです。今後ともよろしくお願いいたします」
「クリスさまー、お誕生日おめでとうございます!プリシラでーす!」
プリシラ嬢が僕を愛称で呼んだ。
意味が分からない。
僕はそれを君には許していない。
礼儀を知らないのかな?
「プリシラ嬢。僕のことを殿下か第一王子と呼んで欲しい。ファーストネームどころか愛称で呼ぶのを許していないからね。皆から君と婚約していると思われてしまうよ」
話しながらシェリルの父を睨む。
僕の視線に気づいてプリシラを止めようとしたけれど、彼女は止まらなかった。
「シェリルより私の方が可愛いのに変なのー。手紙だったからシェリルでもよかったの?」
こいつは何を言っている!
何故君が手紙の内容を知っているんだ!?
口を開こうとしたのを父に止められた。
この場ではここまでにしておけという事だと思う。
「ブレスト侯爵殿。後でゆっくりと話すとしよう」
「かっ、かしこまりました。それでは御前、失礼します」
父の言葉で3人は下がっていった。
「アルマ、ブレスト侯爵家の家族構成を確認して」
「かしこまりました」
背後に控えている侍女にだけ聞こえるように指示を出す。
それを見ていた父が何故か満足気な顔をした。
その後も挨拶が続いた。
無難に対応しながらブレスト侯爵の動きだけは確認していた。
挨拶の列が終わるのを待っていたようで、アルマからお城で管理しているブレスト侯爵家の家族構成を書き写した紙を手渡された。
「父上、当主代理が結婚する為には当主の許可が必要ですよね?例え当主が未成年だとしても」
「その通りだ。何か気になることがあるのか?」
「シェリルの父は婿で当主にはなっていません。シェリルの母が亡くなった後でも当主の権限を委譲
されていません。愛妾を妻だと僕たちに紹介しました。シェリルが心配です。保護する必要があるかもしれません」
「王家が他家の事情に干渉するのは余り推奨されていないぞ」
「子供の虐待や税の不正利用などがあれば別です。貴族の監視も王家の義務です。過剰に着飾った2人を見る限り金遣いが荒いのは間違いないでしょう。シェリルに会えば分かります」
「まあそうであろうな。お前の好きなようにしろ」
「クリス、害虫は叩き潰しなさい!」
激怒しているのを隠そうともしない母を見たのは初めてだ。
僕は母より感情を隠すのが上手い人を知らないから。
檀上にいるから隠す必要がないと判断したのかもしれない。
僕たち以外には気づかれていないから。
「クリス、シェリルがどこにいるのか分かったのだろう?私たちは適当に動くからお前は早く会いに行け」
「当然です。それでは先に行きます。アルマついてきて」
「かしこまりました」
ブレスト侯爵の動きを見た限り広間の一番奥の左隅にいるはず。
誰にも目的をさとられないように、後ろで手を組んでゆっくりとシェリルに向かって歩く。
檀上から下りたら女の子たちに囲まれて質問攻めにあったけれど、無視をせずに相手をしながら着実に前に進む。
もうすぐだ。
もうすぐシェリルに会えるはず。
僕の気持ちを否定されても構わない。
元気でいてさえくれればいい…。
凄く胸騒ぎがするんだよ。
君の顔が早く見たい。
僕が近づいてくるのに気づいたようで、ブレスト侯爵家の3人がやってきた。
シェリルに会わせくないような雰囲気で。
「殿下、主役は広間の中心にいなければ皆が困ります!」
黙れ!
お前の声を聞くだけで怒りが湧く。
笑顔を維持するのが本気できつい。
「僕と婚約する気があるのかどうかに関係なく、来てくれた全ての子に挨拶しようと思っているのです。広間の隅に誰かがいるのが壇上から見えました。それだけです」
「でんかー、姉に会うと後悔しますよー!とても汚いですからね!」
我慢だ!
王子がここで叫ぶわけにはいかない。
「ご忠告ありがとうございます。それでも幼馴染に会いたい気持ちに変わりありません。僕の唯一の友達ですからね」
ようやく会えた…。
頬が痩せこけ腕や脚が細すぎる。
髪の毛が肩まで届いていないし手入れされてもいないようだ。
白粉で殴られた痕を隠しているようだけれど、隠しきれていない。
暑くもないのに額に汗をかいている。
立っているのも辛そうで壁にもたれかかっている。
明らかに異常だ…。
僕を見てカーテシーをしようとしたシェリルを止めた。
「シェリル、僕たちに堅苦しい挨拶は不要だよ。会いたかった…。君と遊んだ思い出は今でも僕の宝物さ。一緒に遊んでいた時の約束は今も変わらないかな?」
僕とシェリルの目が合う。
お互いの気持ちを確認しているかのように。
少しするとシェリルが目を閉じた。
そしてゆっくりと目を開けると微笑みながら涙がこぼれ落ちた。
「私の気持ちは今も変わらないよ」
僕はシェリルを横抱きにする。
余りにも軽すぎるよ…。
「愛娘をどこに連れていくのですか!?」
とにかく黙れ!
お前の愛娘はそこにいる桃色頭だろ。
「医務室です。シェリルは酷い怪我をしているようだ」
「クリス、恥ずかしい…」
シェリルが僕の胸に顔を埋めて呟いた。
「僕は嬉しいよ。姫を横抱きにして歩く王子に憧れていたんだ」
「誰が見ても小汚い少女だよ」
「世界で一番可愛いと思っているよ。情けない王子でごめんね」
「私を救ってくれた王子様が情けないはずがないよ。世界で一番格好いいよ」
お互いに頬を赤く染めながら早歩きで医務室に繋がる扉に向かう。
扉は2人の門兵が守っている。
「パーティー参加者は全員止めてくれ」
「「はっ!」」
「何で止めるの!?姉さん、何か言いなさいよ!」
扉が閉まる前に桃色頭の声が聞こえた。
「シェリルも王宮で暮らしてもらうから。後は任せて!」
「うん。クリスに全部任せるね。疲れちゃった…」
シェリルの頭を優しくなでる。
髪の毛も無理やり切られたようだ。
僕はなんて情けない王子だ!
会いに行かなかった自分が許せない。
これは僕に想像力が足りなかった結果だ。
二度と同じ失敗はしない!
医務室に入りベッドに優しく寝かせる。
「先生、よろしくお願いします。アルマ、怪我をまとめて報告してくれ」
「「かしこまりました」」
先生とアルマの返事を聞いてから医務室を出る。
「影、頼みたいことがある」
姿は見えないけれど必ずいるから声を掛ける。
影とは王族しか知らない組織の組員の呼び名。
組織についての詳しい情報は国王しか知らない。
「はっ!」
返事と共に天井から下りてきた。
動きが人間離れしているよ。
「万が一の可能性も潰したい。シェリルの警護を厳重にしてくれ」
「かしこまりました」
影は音もなく姿を消した。
何事もなかったかのように広間に戻った。
父と母は広間の中心に置かれたソファーに座って寛いでいるようだ。
「でんかー、姉を近くで見てがっかりしたでしょ?私と婚約しませんか?」
笑わせてくれるね。
お前たち3人を自滅させる。
「慌てないで。君にだけ特別な話をしたいんだ。いいかな?」
「勿論です!みんな離れてー!お父様も離れて!さあ、どうぞ」
大声を出して皆に離れろと言っている。
ブレスト侯爵は不安そうに見ているけれど、愛娘に遠ざけられた。
貴族の大人たちは楽し気にこちらを見ている。
他人の醜聞が大好きだからね。
「実は君とアンジェリカ殿はブレスト侯爵に騙されている。結婚詐欺だよ。だから君たちは侯爵家の人間じゃない。しかも国王に嘘まで吐いた。不敬罪になるかもしれない。シェリルを殴ったりしていないよね?罪が重くなるよ。大丈夫かな?」
さあ、盛大に喚け!
「お父様、私とお母様を騙したわね!どうしてくれるの!?」
「プリシラ、旦那様は何を騙したというの?」
「結婚詐欺よ!お母様とお父様は結婚していないの!国王様たちに嘘まで吐いたから不敬罪になるかもしれないって!シェリルを殴っていたら罪が重くなるって!全部お父様の嘘のせいよ!」
「あなた、それは本当なの?結婚届けは偽物だったの?正直に答えなさい!?」
「静かにしてくれ。皆に注目されている。私とアンジェリカの結婚にはシェリルの署名が必要なんだ。全部あの子が悪いんだよ」
屑だな。
余りにも醜悪だよ。
「何それ!シェリルが死ねばいいの!?」
「黙りなさい。シェリルを殺したら全員処刑だ。殿下の婚約者が決まるのを静かに待っていればよかったんだ。それで殿下と結婚したかったシェリルの心が折れる。そうなれば全て上手くいったんだ。私の計画が全て台無しだよ…」
「そのような計画は聞いていません。シェリルを隠せと言われただけです。隠したいのに連れてきたあなたが悪いじゃない!」
酷すぎる。
娘を何だと思っているんだ!?
「盛り上がっているわね。シェリルちゃんを隠せば上手くいったのですか。何故連れてきたの?私にも聞かせてくれない」
母が来てしまった。
予想外だけど僕はこの3人が潰せればいい。
「殿下ですよ。殿下のせいで連れてくるしかなかったのです。悪知恵の働くお子様ですね」
「なるほど。知恵の働く息子のようだ。親の目を盗んで何をしたんだ?」
父まで来てしまった…。
どうなるのか分からないよ。
「招待状に『シェリルが来なければ会いに行きます』と追記しました。特別なことはしていません」
「ブレスト侯爵当主代理の計画を簡単に潰した息子を褒めるべきかな?」
「当主代理から無理やり当主になろうとしたのでしょう。愚だわ」
既に誕生日会の雰囲気じゃないね。
「殿下、シェリル様の現在の状態です。怪我とは言えません」
「アルマ、ありがとう」
手渡された紙を見る。
何だこれは。
怒りを抑えられない…。
紙を持つ手が震えてくる。
「父上、母上、シェリルの状態です」
「シェリルはこれ程のことをされてもお前を当主にしなかったのだな。強い子だ…。セドリック」
「はっ!」
セドリックは父の近衛騎士隊長。
彼の名を呼んだ父は国王の顔をしていた。
広間は父の威厳で誰も話せないようだ。
何が起きるのか戦々恐々としている。
「王都にあるブレスト侯爵のタウンハウスにいる使用人を全て捕縛。侯爵領にいる使用人も全て捕縛。城に連れてこい。全員を取り調べする必要がある。帳簿などの書類も根こそぎ持ってこい。資産も差し押さえる。王国騎士団を動かして構わぬ。今すぐ動け」
「かしこまりました!」
セドリックは敬礼すると広間を出ていった。
「ブライアン」
「はっ!」
ブライアンは父の近衛騎士副隊長。
「この紙を見よ。10歳の子がこれに耐えた。お前ならどうする?」
「これは余りにも…。同じ手段で罪を吐かせます!」
「よし。3人を捕縛しろ」
「かしこまりました!」
ブライアンが目配せをして近衛騎士を2人動かした。
桃色頭の2人は広間から出るまで喚き続けていた。
「ブレスト侯爵当主シェリルを私たち夫婦の養子にする。異論はあるか?」
母に確認しているみたい。
反対するはずがない。
「何も問題ありませんわ。クリス、恋する女の子は強いわよ」
誕生日会の雰囲気には戻せそうもない。
僕が責任を持って終わらせよう。
「僕の誕生日会に参加して下さった皆様、本当にありがとうございます。問題が起きましたが夕暮れまでは時間があります。せっかくお越し下さったのです。皆様の親睦を深める社交の場として下さい。僕も主催者として皆様と一緒に楽しみたいと思います」
シェリルに会いに行きたいけど我慢だ。
父に肩を軽く叩かれた。
母には頭をなでられた。
「アルマ、料理の追加とお酒も出して。音楽の変更もお願い」
「かしこまりました」
さて、頑張って親睦を深めよう。
ゆったりと歩きながら皆に声を掛けていく。
・・・・・。
終わったー。
今日は流石に疲れた。
だらけた顔をしていたらアルマに怒られる。
きりっとした顔で医務室に行く。
医務室から声がしない。
シェリルは寝ている気がする。
ドアを静かに開けてベッドで横になっているシェリルに近づく。
やはり寝ているようだね。
全身に包帯が巻かれている。
この姿を忘れない…。
医務室を静かに出る。
シェリルの父は拷問された後に死ぬまで強制労働だと思う。
桃色頭の2人は罰金と禁固刑で済むかな…。
うーん、刑罰を予想するのは止めよう。
それを決めるのは僕の仕事ではないから。
翌日の正午に医務室に行く。
ドアを開けるとシェリルがこちらを見て体を起こそうとした。
「無理して体を起こさないで」
「うん。ありがとう」
ベッドの近くに丸椅子を置いて座る。
「何か聞いてる?」
「聞いてないよ。私がここにいてもいいのかな?」
「義妹が王宮にいるのは当然だよ。今は体を治すのが最優先だからね」
「義妹?いつの間にクリスの妹になったの?」
「昨日の誕生日会で国王が皆に宣言したよ。これからはシェリル姫だね」
「ええー!勉強に潰されそうだよー」
シェリルなら大丈夫だよ。
僕は何も心配をしていない。
「シェリル、大きくなったら僕のお嫁さんになってくれる?」
「うん。いいよ!」
シェリルの包帯が巻かれた手に僕の手を優しく重ねる。
2人とも泣きながら盛大に笑った。
この日、僕たちの婚約が発表された。
楽しんで読んでいただけたら幸いです。