1-7 逃がさない
「春奈。何だ、この請求書は。」
金遣いの荒さは、美弥子譲りか。
「だって遺産、入ると思ったんだモン。」
悼む気は、無いのか。
一度、海外留学に。いやイカン。何を為出かすか、分からない。中世ヨーロッパなら、修道院に入れる! しかし現代日本に、そのような場所は無い。
勝さんに。いや、イカン。大倉ホテルには、尊が御世話になっている。四井家。いや、イカン。旦が御世話になっている。何より母亡き今、四井との繋がりを絶つような真似は、決して。
「やぁ、兄さん。」
「久しぶりだな、衛。」
「先週、会ったよ。」
前々から思ってたけど、春奈ちゃん。インパクトあるよね。兄さんが頭を抱えたくなる気持ち、何となく分かるよ。
ウチは、質素倹約を徹底してるから。娘たち、貯金が趣味なんだ。ゼロ金利時代だからって、投資の勉強を始めたよ。
「弥生さん、シッカリしてるもんな。」
「野村家の家訓が、そうさせたんだろう。」
「時は金なり、か。」
「そうそう。」
家庭を顧みない、仕事人間。自覚している。それでも子の教育には、時間を割いた。
尊と旦は、切磋琢磨させた。夏生と夏美は、得意な事をトコトンさせた。四人とも、立派に育ったよ。なのに、春奈は。
好奇心旺盛で、いろんな事に興味を持つが、続かない。才能が無いなら、無理に続ける事はない。そう思ってね。
泣こうが喚こうが、勉強だけは強いた。
「花畑女子に入れたんだ。それなりに、出来るんじゃ。」
「中学受験で、燃え尽きた。」
今時の子は百万くらい、一週間で使い切るよ。チヤホヤしてくれる店なら、一晩かな。
経済的に恵まれた娘が通う学校には、金銭感覚がオカシイ娘も。旺盛な好奇心が、悪い方に働いたね。
「内部進学でも、花大に入れたんだ。なんとか、卒業してほしい。」
「夏休みの間だけ、預かろうか。」
「田中春奈でぇ~す。よろしくぅ、お願いしまぁ~す。」
・・・・・・。
広告代理店、タナコウ。完全、実力主義。広告代理業では珍しく、残業も休日出勤もナシ。社員の七割が女性。優秀な人材を採用し続けた結果、そうなった。
「私の姪だが、特別扱いを禁ずる。」
「はい。」
雑務からスタート。早々に見切りをつけられ、午後からマーケティング部へ。アンケート結果を纏める仕事を、与えられた。
激務。加えて、男性ゼロ。春奈お得意の上目遣いが、全く通用しない。
真面目にコツコツ取り組めば、時間内に終わる。しかし、我慢も努力も出来ない春奈には・・・・・・。
「田中春奈さん。逃がさないわよ、働きなさい。」
「イヤァァ!」
ガクガク、ブルブル。