ある一人の妻の後悔
私は少し震える手で二階にある今は誰からも使われていない空き室のドアノブに手をかけていた。
「‥‥っ」
胸から張り裂けそうなある感情を無理矢理押さえつけて、元は自分と夫の部屋だった所に足を踏み入れる。
足を踏み入れて、最初に視界に入ったのは所々皺ができたブルーシートだった。
電気を点けていないその部屋は、西から差し込む陽光とそれを遮る様に閉められているカーテンによって薄暗い光を辛うじて灯している。
私はそこで数分立ち尽くすと、未だに震えている手でドアのすぐ横にあるスイッチを押す。
すると数度チカチカと点灯を繰り返すと電気がつき、部屋全体を明るく照らし出す。
「‥‥‥ッ!ッ!」
私はその部屋を改めて見て、その余りの光景に思わず息をするのを忘れるほど深く息を呑んでいた。
その照らし出された空間は夥しい程の文字で埋め尽くされていた。
床、天井、壁、机、椅子、本棚、ベッドなど至るところに色濃く描書かれた文字が存在していた。
その文字の数々は殴り書きの様な暴力的な筆圧で書かれており、その文字からこれを書いた人の心情などがなんとなく伝わってくる。
荒んだ文字からは怒り、酷く強い筆圧からは何かに対する憎しみが。
「そんなわけない‥‥浮気された‥‥何でこんな‥‥僕が悪かったのかな‥‥」
私は辛うじて読めた文字を声に出して読んだ。その声はひどく震えていて滑稽に映ったことだろう。
足に力が入らなくなり、鈍い音を立てて尻もちをつく。
「‥‥ごめん、なさいッ」
その言葉が出た瞬間先程から抑えていた感情が濁流の様に押し寄せてくる。それに伴い私の涙腺も決壊した。