学校の階段
か~ごめ~か~ごめ~籠のなかの鳥は~♪
ハッと目を覚ました。夕焼けに染まった学校の校庭で顔に見覚えのない男子と女子がしゃがみ込む俺を囲んで「かごめかごめ」を歌っていた。両手で顔を隠しながらも、俺は見えていた。彼らが厭らしく笑っていたことを――
目が覚めてわかった。俺は寝坊しているらしい。
急いで着替えた。そして学校へ向かう。何とか間に合うようではあった。
無事に遅刻せずに間に合った。息切れしている俺をからかう奴が何人かいた。
しかし学校が始まれば、学校での1日はいつも流れるように過ぎてゆく。
俺は別に部活もしていない。飲食店をやっている父さん母さんの手伝いをする事はあるが、小遣い稼ぎ程度でたまにするぐらいだ。言うなれば暇人であった。
俺には友達と遊ぶ以外に楽しみなんかなかった。
「学校の階段?」
「ああ、何でも4時44分に西側と東側の階段を1段ずつ数えて4444になるまで続けると何か願いが叶うらしい。だけど途中でやめたりすると災いが起きるっていう話があるそうだ」
「胡散臭いな。まだ口裂け女とかトイレの花子さんのほうが信じられるぞ」
「倉木は面白い話にのってくれないのな。茶村も参加してくれるのになぁ」
「小林と茶村がモノ好きなだけだ。まったく、中学生にもなって怪談話か」
「じゃあ、お前は来なくていいよ。俺達だけでやるから」
「それは……」
クラスで孤立するのは何より耐えがたいものだった。下手すれば虐めの対象にすらなるからだ。俺は今回も友達付き合いを大事にする決断を下した。
俺達が学生だった当時は「学校の怪談」なる怖い話が世に流行っていた。
当時はインターネットもない世の中だったから、みんなそういった本やテレビ番組で情報を拾っては肝試しみたいなことをして楽しんだ。俺なんかだと普通に山の大自然のなかで遊ぶことが大好きだったワケだが。どちらも大層違いはないのかもしれない。それにしても「学校の階段」だなんていう怪談は一度たりとも耳にしたことがなかった――
4時44分、職員室まえの東口階段より俺達は「学校の階段」を始めた。意気揚々と小林がその歩みを進める。俺と茶村はゆっくりとついていった。どうやら茶村も俺と同じ気持ちでいたみたいだ。気がつけば小林の姿が見えなくなった。
「なぁ、これって小林の思いつきなのかな? 665」
「だろうな。聞いたことないし。変な遊びだ。664」
「まだ665だぞ。道は険しいな。666」
「険しいではなく長いってやつさ。665」
俺達は小林の事を茶化しつつも真面目に楽しんでやっていた。千を過ぎてから、山登りを黙々とするように集中してやりはじめた。まるで体育会系の部活の練習。これで何も良いことがなかったら、明日小林をとっちめてやろう。俺達はそんな密約を休憩中に交わしたりした。
やがて4436段に辿りつく。その時に小林と合流した。小林はそこで思いも寄らない行動に打ってでた。なんと最後の8段を敢えてすっ飛ばすと言うのだ。そして彼は軽快にジャンプして転んだ。
普通なら小林の身を案じて俺達も段数えは辞めて駆けつける筈だ。しかし何故だか身体が硬直した。そして茶村は1段ずつ数えて4444段まで降り「学校の階段」をやりきった。俺もそれに続いたが、4443段でさすがに小林の方へと駆け寄った。何か嫌な空気を感じた。まるで誰かに見られているような。
幸い小林はかすり傷程度しか負傷していなかった。俺達は無意味な遊びでありながらも、やりきった達成感を互いに讃え合って帰ることにした――
翌日、俺は悪夢をこの現実で目にすることとなる。
朝のホームルームにて小林が行方不明になったと聞かされたのだ。昨日一緒に帰ったのは誰でもない茶村なのだが、少なくとも茶村の玄関前までは一緒にいたと言う。だとしたらそれから誘拐されたのか? 様々な憶測が憶測を呼ぶが俺達には奇妙な感が働いた。
「なぁ、昨日別れた時、小林の様子って何か変だったか?」
「い、いや、いつもどおりだったと思うけど……」
「なぁ、放課後話せないか?」
「あ、ああ。じゃあ放課後。下校で落ち合おうな」
学校の授業と授業の間、廊下でクラスの違う茶村と話して教室に戻った。
誰もいなかった。あれ? 俺は廊下に出てみる。やはり誰もいない。
静かな空間で一人さまよった。外にも誰もいない。
東口職員室前に辿りつく。そこで後ろから馴染みのある声がした。
「小林?」
「倉木か! おい倉木、俺、家の玄関開けたらこの学校に来ていて……」
「あ、ああ、俺も同じような感じだ。いつの間にかここでさ、お前……」
小林の顏は青ざめていた。そしてだんだんとその肌の色が青く染まっていった。化物だ。そう思った俺はひらすら逃げた。必死で走って逃げだした。
俺には違和感があった。俺はこの場所と化物になった小林がとてつもなく怖い筈なのに、口元が何故か自然と緩んでいた。俺は笑っているのか?
「倉木! 待ってくれ! クラキイイイイイイィィイィイイ!!」
青に染まった小林はみるみるスピードで俺に追いつこうとした。
そして俺が階段を登ろうとした時に俺はとっさの思いつきで叫んだ。
「4444ダンッ!!」
俺は転んだ。目を覚ました時、俺は西側1階~2階階段で横たわっていた――
あれから何十年経ったのだろう。小林は今も見つかってない。俺は普通に生き、孫ができる歳にもなった。そして俺達が通っていた中学校は取り壊されはじめていた。まだ作業途中のようだ。完全に壊されたワケじゃないが、あの中にはまだ小林がいるのだろうか? 俺はホットコーヒー片手に半壊の旧校舎を眺めた。
「倉木か?」
振り返るとそこに年老いた茶村がいた。
「おお、茶村。何十年振りだろうなぁ」
「会いたかったぞ。お前なぜ成人式のときに来なかった?」
「ははは、あれから俺はいじめられっ子になったからなぁ」
「そうだったのか……悪かった。気づいてあげられなくてさ」
「いいってものよ。それよりお互い積もる話はたくさんあるだろう?」
「ああ、そうだな。俺もお前に色々聞きたいことがある」
「寒さがこたえる歳にもなったものだ。場所を移そうか」
「ああ、そうしてくれると助かるよ」
俺はホットコーヒーの残りを飲み乾して。立ち上がった。白い吐息が宙を舞う。明日にはあの校舎もなくなってしまっているのだろうか?
話すなら今のうちだろう……
俺はこんな歳になった今でも「かごめかごめ」の夢をみる。昔と違うところは、俺を囲む子供たちが皆笑わずして無表情であり続けていることだ。俺は夢の事を考えるたびに想ってしまうことがある。
俺たちは若かりし頃「怖い話」に夢中になっていたものだ。怖いはずなのに、夢中になっているときは自然と笑っていた。どこかにそんな余裕があるのだろう。しかし本当に恐ろしいのは怖いものではないのだ。
怖いものを笑ってしまえる俺たちこそが本当に恐ろしいものなのだ。
∀・)読了ありがとうございました!ボクが主催の「学校になろうコン」のエキシビジョンで提出させていただいた作品になります。学園モノで「学校の怪談」というのはオカルト好きとしては鉄板かなと(笑)こういうのが書きたくなったのもあります(笑)ネットの記事で「都市伝説の推移」なるものがありまして、読んでいくなかでそうしたオカルトも形を変えてきているのだなと感じました。では本当に恐ろしいものって何なのか?それが本作のテーマだと思っています。