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08

 見習い召喚士の印のついたマントを羽織り、三人は旅立った。許可はあっさりと降りたのだ。

アンネは花妖精を召喚し、旅先に異変がないか探る。アンネは三人の中で唯一、召喚獣二体と契約していた。


「どう? フィー、異変はない?」

『今の所大丈夫ー』

 花妖精は癒しの力を持ち、話せる。その独特の音に慣れてしまえば、一般の人間でも言葉を交わすことができる。人が、九死に一生を得て、妖精に出会ったと言うのは大体が花妖精のことを指すのであった。


 花妖精のお陰で、旅路は順調に進んだ。見習いでこそあるが、召喚士を示す印のついたマントを羽織っていることが、これに追い風していた。盗賊は召喚士を避ける。召喚獣という未知のものは脅威だからだ。


 一つ大きな町に寄り、そこから更に3日ほど歩くと、クロム村は見えてきた。この場所を馬車であっという間に駆け抜けたと思うと、シャルロッテは感慨深かった。


 クロム村は、かつて鉱山の町として栄えたと、一つ手前の町で聞いた。鉱山が廃坑になり、段々と人口が減り、今の村の形となったということだった。


 三人は慈善活動の申し入れをするために、村長の家を訪ねた。

「おお、これはこれは学園の方ですね。ようこそいらっしゃいました」

村長は白いひげを揺らして人好きのする笑顔をこちらに向けた。


「そちらは」

「私はルト、こちらはアン、シャルです」


 ルトが代表として挨拶をする。故郷の村では、出身を明かすことは禁じられているので、偽名を使う。


村長は三人を見やり、アンネのところで目を留めた。そのままどこか遠くを見る目でじっと見つめている。

「あ、あの?」

アンネが思わず言葉を発すると、村長はすみませぬな、と言葉を続けた。


「孫娘のことを思い出しておりました。私には、孫娘がおりましてな。赤い髪をしておりました。その子は魔術師の適性がありましてな。今はどうしているのか」


「ちょうど、今のあなたたちと同じくらいなのではと思ったら、つい。失礼しました」


この人、アンネのおじいさん? でも、アンネの家は__村長の家系だったかしら?

言葉の出ないアンネに代わってシャルロッテは口を開いた。


「何かお困りごとがあれば伺います。その為に私たちは来たのですから」

「ありがとうございます。それが……先代の村長が3年ほど前に亡くなってしまいましてな。あまり大きな声では言えないのですが、どうにも化け物に取り殺されたという噂が立ってしまって困っているのです」


「え?」

三人の表情が引き締まる。

その話によると、森の中にすすり泣く声がするという。それも一体や二体でなく。どこから聞こえて来るのやら分からず、調査に向かった先代の村長は真っ青になって帰ってきて、それからすぐに死んでしまった。自殺だったという。


「森の中を調査する必要はありませんよ。あなたたちは若い。何かあったら困りますからの。ただ、村人には噂に怯えるものもいましてな、話を聞いてあげてやってくれませんかな」



村人に話を聞くと、それは噂ではないと皆一様にいう。

青く光る浮遊物を見たとか、そうでないとか。


「明日、また調査しよう」

旅人や祭者を泊める小屋を借りて、三人は休ませてもらった。

夜、微睡みの中を漂っていた時だった。


__シャルロッテ

呼びかけとともに何か、もふもふとしたものが顔に当たった。

「ヴァル?」

シャルロッテは慌てて飛び起きた。

__こっちだ。

誘われるままに支度をして外に向かう。季節は夏だったが、肌寒い風が吹いていた。


 満月に照らされる道を、人型に戻ったヴァルフリートが先導する。それは、森の中に続いていた。一瞬躊躇したシャルロッテに、ヴァルフリートは左手を差し伸べる。


「俺が何者か、知りたいんだろう」

「知りたいわ」

シャルロッテはその手を取った。


 ヴァルフリートに手を引かれて、森の中の獣道を進んでいく。彼が魔法でも使っているのか、自分の足なのに驚くような速さだった。


しばらく登っていくと、ひらけた場所に出た。湖があり、そのほとりに小さなほこらが建っている。そして、その前には青白く光る狐が横たわっていた。


『__北ノ王キタ。我ニモ救済ヲ』

狐のような獣はそれだけ言って顔を伏せる。シャルロッテがヴァルフリートを見上げると、彼は無言で獣の頭上に空いている手をかざした。


「大儀であった。答えよう。汝に__救いあれ」


ヴァルフリートがそう言い終えるや否や、狐の身体は青白い光となってヴァルフリートに吸い込まれていく。


シャルロッテは、ただ見ているしか出来ない。その手を、ヴァルフリートはぎゅっと握り直した。

「シャルロッテ。俺は北の王。北の地の、無念を宿した魔物の信仰から生まれた魔王だ」

「魔王……」


「俺はこの地で、人間に殺され、しかし恨みに堕ちたくないという魔物の祈りから生まれた。魔物を救うことを宿命づけられた者だ。望んだ魔物を自らの一部に変え、暴走しないようにする」


「ヴァルの宿命……」

途方もない話だった。

「ヴァルは大丈夫なの?」

だって、そんなの辛すぎる。同胞たちが死に、ただでさえ悲しいのに、それを自分に取り込んでいるという。そんなの辛くないはずがないじゃないか。


シャルロッテはヴァルフリートの手を握り返した。そしてつながれていない、もう片方の手も先ほど魔物を救った彼の手に重ね、指を絡めた。


ヴァルフリートの手は大きかった。そして、不思議と暖かく感じた。

「俺は、ずっとここで生き続けるのだと思っていた。それが、俺に課された定めなのだと、人間を恨み切る事も出来ず、諦めていたんだ。でも、俺はお前に出会った」


「私?」

ああ、と彼は頷いた。

「俺はお前の純粋な魔力に惹かれた。こんなに綺麗なものがあるのだと、俺も救われるのではないかと夢見たんだ」


彼は、眩しそうにシャルロッテを見た。

「でも、私はそんな……」

「ああ。ずっと見ていた。シャルロッテは確かに特別な人間ではないかもしれない。だが、どんな時もお前はめげなかった」


それに、俺は救われたんだ。と彼は続けた。


「ひとつ、謝らなければいけない。お前の瞳の色を変えたのは俺だ」

「なぜ、そんなことを」


ヴァルは言いづらそうに一瞬、口をつぐんだ。

「それは__お前を誰にも取られない為だ」

彼は決まり悪そうな顔をしている。


「じゃあ、私が召喚が出来なかったのは……ヴァルのせいなの?」

「そうだ__許してくれるだろうか」


「……許すわ」

しばらく考えた後、シャルロッテは口を開いた。

確かに、召喚が出来なくて、悩んだことは事実だった。でも、そのお陰で、人の嫌な部分も良い部分も知ることができた。


「私も、あなたに会えて良かった」

それは、本心からの言葉だった。シャルロッテは、紛れもなくヴァルフリートに救われた。彼は、孤独だった心に寄り添ってくれた。兎の姿をとってでも傍にいてくれた。


「俺は、お前に何を返せば良い?」

「十分だわ。ヴァルはヴァルのままで居て」

そしてできるなら__

「これからも、傍にいてくれる?」


彼の務めを見て、彼がもう自分の元から居なくなってしまうのではないかと思った。シャルロッテは笑みを浮かべた。泣き笑いのようになってしまった。


ヴァルフリートは目を見張ると、一度そっとシャルロッテの手を離し、その両腕でそっと彼女を包み込んだ。

「もちろん。約束だ、シャルロッテ。命が尽きるときまで、傍に」


二人を月明かりが優しく照らしていた。

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