05
「これで満足か?」
寮に帰るとヴァルは人型に戻った。
「ええ。ありがとう」
「もっと強い召喚獣の姿のほうが良かったのではないか? 別にラピの姿でなければならないわけではない。命じればどんな姿にでも俺はなる」
命じればいい。というヴァルフリートに、シャルロッテは気持ちだけ受け取っておくわ、と返した。
「欲がないな」
「ううん。いいの。召喚が出来て、あなたが来てくれただけで嬉しいから」
次の日、シャルロッテは緊張した面持ちで教室に向かった。
彼女が召喚に成功したというのは、どこからか噂になっており、どんなものを召喚したのか、皆注目していた。
兎のようなものを連れたシャルロッテが扉をあけると、ざわついていたクラスは一瞬静まり、それからひそひそと話し始めた。
「あれってラピ? あんな色見たことないわ」
「なんだ、ラピなんだ。期待して損した」
予想していた通りだ。下手に噂になるより良かった。シャルロッテは胸を撫で下ろした。
「シャルロッテ」
「アンネ」
「あめでとう。あなたにパートナーができて良かった」
パートナーという言葉に何となくむず痒い気持ちになる。
その声に誘われるように、遠巻きにしていたクラスメイトが、控えめにおめでとう、と言葉をかけてくれた。
ありがとう。と返しながら、シャルロッテは嬉しくなってじんわりと胸が熱くなった。
ヴァルには何度感謝しても足りない気がした。
ふん、と鼻を鳴らす音に振り返ると、そこには嘲笑を浮かべたラインハルトが立っていた。「何か」
シャルロッテがツンとして応えると、不愉快そうに眉を顰める。
「たかがラピ一匹召喚できただけで随分な騒ぎようだな」
グルルルルッという低いうなり声がして、ラインハルトの後ろから灰色の狼が出てくる。
「ヴォルフ?」
「そうさ。俺の使い魔さ」
人の腰ほどもある巨体を低くかがめ、いつでもこちらに飛びかからんという姿勢だ。
どうだ、と言わんばかりのラインハルトに嫌気が差す。
「それがどうしたの?使い魔と契約おめでとうございます、とでも?」
話は終わりとばかりに打ち切ったシャルロッテに、ラインハルトは顔を真っ赤にして言い募った。
「どうしてお前はそう素直じゃないんだ!」
いい迷惑である。シャルロッテだってこんな風に誰にでも接しているわけではないのだが、いつも自慢ばかりのラインハルトの前に出ると、ついイライラして当たってしまうのだ。
「そうだ。決闘だ!」
「は? 正気なの?」
使い魔を持つものは、学園に申請を出せば使い魔同士の決闘ができる。これは、伝統的なしきたりであり、切磋琢磨する環境をということで推奨されていた。
「私もあなたも一年生よ? まだ契約したばかりじゃないの!」
シャルロッテは目を見張る。それを見たラインハルトはニタリと笑った。
「怖いんだなシャルロッテ。それはそうだろう。何しろお前の召喚獣は兎だ。狼には喰われる宿命だからな」
高らかに笑う彼に思わずむっとする。
ヴァルの方を見ると、彼は大丈夫というように兎の姿で一つ頷き、まるで飽きたとでもいうように伸びをして丸くなった。
「まあ、どうしてもとお前が頭を下げて頼むなら、今回は見逃してやらなくもないが」
「誰が頼むものですか!ヴァルはあなたたちなんかに負けないんだから」
売り言葉に買い言葉だったかもしれない。軽率なことをしている自覚はあった。でも、自分だけならともかく、ヴァルフリートを馬鹿にされるのはどうしても我慢できなかった。
「逃げるなよ! 表で待っていろ。今許可をもらいに行ってくる」
ラインハルトが姿を消すとクラスメイトたちが心配そうな顔をしているのがわかった。
「大丈夫よ」
安心させるに、自分に言い聞かせるためにも言うと、おずおずと声がかけられた。
「やめた方がいいよ。ラインハルトの狼めちゃくちゃ強いんだ。一声吠えられただけで僕の召喚獣とか萎縮しちゃって、駄目だったんだ」
彼の名は確かルトだったろうか。大きな眼鏡をかけている彼は、今日は頑張って話していると思う。
彼のくるくるした茶髪からは緑色の鳥のような召喚獣が覗いている。
「その子が?」
「そうだよ。可哀想に、最初の模擬戦で当たったんだ。ぼろ負けさ」
それにね、と声を潜めて続ける。
「僕、聞いちゃったんだ。先生たちがあのヴォルフは変異種なんじゃないかって言っているのを」
「変異種?」
うん。と彼は神妙に頷く。
「普通のヴォルフはあんなに大きくないらしいよ。あれは魔物を喰らって大きくなった危険なヴォルフなんじゃないかって先生たちが話してたんだ」
「そうなの……」
それを聞くと心配になってくる。ヴァルは大丈夫なんだろうか。
ちょっと失礼かもと思いつつも、シャルロッテは兎の身体を抱き上げて目線を合わせた。
__そう、不安そうにするものではない。
突然、頭に声が流れ込んできて、シャルロッテはヴァルフリートを取り落としそうになった。
トンと彼は音も立てずにシャルロッテの腕から地面に降り立ち、こちらを見上げて再び頷いてみせる。
「あの、私が言うのも何だけど、本当に断ってもいいのよ」
__大丈夫だ。そんなに、気に病む必要はない。
耳をピクピクと動かしてみせる。
「なんだか君たち、会話してるみたいだね」
脇からルトに声をかけられて我に返る。
なんと言おうか迷っていたその時だった。
バンバンと窓が叩かれる。ラインハルトがイライラした様子でこちらを見ていた。
「いけない。忘れるところだったわ」
「どうしても行くのかい?」
「ええ。あれだけ馬鹿にされて逃げる気はないわ」
「……僕も見ていていいかい?」
好きにするといいわ、と言って校庭に向かった。