04
優しく髪を誰かが梳いている。またあの夢かしら。ゆるりと目を開けるとそこには人ではない美貌がいた。
「起きたのか?」
「は、はい」
「流石に冷えるからな。そろそろ起こそうと思っていた」
のんびりと呟く彼にあれは夢ではなかったのだと知る。風のように吹き荒れていた魔力はすっかり収まっている。彼はおそらく魔力を隠しているのだ。
「ラルム先生に報告に行かなきゃ、付いてきてもらえる? ヴァルフリートさん?」
「ヴァルでいい。わかった」
「ありがとう。ヴァル」
お礼を言って歩き出す。日が暮れてきているとはいえ、人通りはある。
人目につかないよう、シャルロッテは足早に進んだ。
校舎に戻り階段を上る。
トントンと扉を叩くと応えがあった。
「ラルム先生、シャルロッテです」
返事があって中に入ると先生はやっぱり、と吃驚が混ざったような顔でこちらを見た。
「鏡を見ましたか?」
「え?」
どういう事だろうか。寝癖でもついているのかと手を思わず頭にやると、先生は、おもむろに鏡を出しこちらに向けた。
「あれ? 瞳が」
シャルロッテの瞳はアイスブルーのはずだった。それが菫色に変わっていた。
「色が変わってる?」
ラルム先生は睨むようにヴァルを見ている。
ヴァルフリートは飄々とした様子で面白そうにその視線を受け止めている。
「何か言いたそうだな?」
ヴァルが口を開いた。
「シャルロッテは彼と契約をしたのかい?」
「は、はい」
言いにくそうにしていると、ヴァルフリートがシャルロッテの両袖をまくって見せた。
そこには、荊の文様が刻まれている。
「まさか……!足もかい?」
はい。と言いにくそうに打ち明けた。
「これは、かばってあげたいけど、私にはどうにも出来ないな。上の方に報告することになると思う」
「わかりました」
ちょっと行ってくる。ここで待っていなさい。と言い残してラルム先生は足早に出て行った。きっと学園長先生を呼びに行ったのだ。
がっくりとしたシャルロッテの肩に慰めるようにヴァルは手を置いた。
彼のせいだというのに、この扱いはなんなんだろうか。
恨めしげについ視線を送ってしまう。
「まあ、俺にも譲れないものはあるのでな」
ニッと笑って言われたそれに、首をかしげる。疑問を浮かべているとしばらくして彼は、決まり悪そうに口を開いた。
「他の使い魔とよろしく同居する気はない」
ああ、そうか。彼ほどの力を持つのだったら、そうなのかもしれない。
シャルロッテは納得した。召喚士が複数の召喚獣を持つとどうしても連携が求められる瞬間が出てくるからだ。
「信じたのか?」
「え?」
聞き返した時だった。外から足音が近づいてくる。
「あれが上の連中か。面倒そうだな」
嫌そうな顔をしたヴァルはけれど逃げる気はなさそうだ。
扉を開けた学園長先生はヴァルフリートを見て動きを止めた。
「これは……いや、しかし……」
ヴァルフリートもまた、静かに学園長と向き合っている。
「学園長先生?」
シャルロッテは不安に駆られて呼びかけた。
「ああ、シャルロッテ。彼と契約を交わしたそうだな。どのようにして彼を呼んだのか話してくれるかな?」
学園長先生は怒っていなかったが、静かな圧力に気圧されてシャルロッテは話し出す。
「あの、私、クラスメイトが使い魔の呼び方について話しているのを聞いて、魔文字のない召喚陣を試したくなって」
「本当かね?」
コクコクと何度も首を振った。アンネについて伏せてはいるが、嘘ではない。
「どうしても、退学になりたくなくて」
鼻の奥がツンとして涙が出てくる。
「ごめんなさい」
学園長先生はううむと唸った。
「君が教職員から不当な扱いを受けているのは聞いているよ。私としてもこのままではいけないとは思っていた。そして、君は一つ思い違いをしているようだ」
「思い違い、ですか?」
「ああ、言葉不足だったな。初めから退学にするつもりはない。君は魔術師として優秀だから、魔術科の先生から引き抜きたいという声がかかっていてな。召喚士科に居づらいようならと転科させるつもりだったが、誤解を招く言い方をしてしまったようだ」
「そうだったんですか……」
「何にせよ、君を追い詰めてしまったことに変わりはない。すまないね、シャルロッテ」
「学園長先生のせいではありません」
「彼のことだが……私は彼が何であるか知っている。だが、確証がないのだ」
「え?」
シャルロッテは吃驚した。まさか学園長先生の口からそんな言葉が出てくるとは思わなかったからだ。
「契約書を見るわけにはいかないし、困ったものだ。契約の条件は、格上とのものかな?」
「対等だ」
それまで黙っていたヴァルフリートが口を開いた。
「ほう。あなたが対等の契約を結んだと?」
「そうだ」
学園長先生はしばらく考え込んでいたが、シャルロッテに向き合うと言った。
「彼が、私が思うものであるなら、心配することはないでしょう。しかし……」
「人型のものを喚んだことが広まれば混乱が起こる。しばらく彼の姿を伏せることは出来るかね?」
「ヴァル、出来る?」
「了解した、主殿」
彼がそう言い終わると、アイスブルーの瞳はそのままに、小さな黒い兎のような姿が現れた。
「これなら文句はなかろう」
「ラピか。妖精獣の一般的なものだな。これでしばらく過ごしてみてくれ。危険だと思ったら、すぐ相談すること。わかったね?」
「はい」