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01

 シャルロッテはドキドキしていた。今日は、6歳を迎える者にとって、特別な日だからだ。

栗色の髪を高く結ってもらって、瞳を輝かせた。

「今日で召喚士になれるかわかるんだわ」


 彼女はもっとずっと小さな頃から、召喚士に憧れていた。神話の残る国アウロラにおいて、魔術師や召喚士は、どこの村からも一人くらいは出たことがあり、最も身近な憧れの対象だった。


カーンカーンと遠くから鐘の音が近づいてくる。

北の小さなクロム村にもそれはやってきた。皆、鐘の音に仕事の手を止めて中央の広場に集まってくる。


ザッザッ__規則正しい足音で甲冑が足を止める。

旗を高く掲げ、皆の集まる真ん中で鐘を響かせた。


「これより儀式を始める。対象者を前へ」

護衛騎士の呼びかけと同時に、後ろの馬車から手のひらに収まるぐらいの不思議な無色透明の石を持つ祭者が降りてくる。


 6歳を迎える者は、シャルロッテを含めて5人だった。

「何もありませんように」

となりの赤い髪が揺れている。アンネだ。小さく呟くのが聞こえた気がして、シャルは振り返った。


「どうしたの?アンネ」

「だって、お家を出なきゃいけないんでしょう?」

「え?」


従兄弟のダリアンから聞いたの。と青い瞳を潤ませて、彼女はひそひそと続けた。

「儀式に合格になったやつはガクエン?に行かなきゃいけないって」


「そっか……」

身近に召喚士になった人のことは聞いたことなかった。ただシャルが召喚士になりたいというと笑顔で夢があって偉いねといってくれたのに。


「行ってくる」

アンネの番が来た。


シャルロッテは石から目が離せなかった。アンネが手を触れるとその石は一瞬ピンク色の光を放って消えた。


「おお。神の御加護だ。適正あり。汝に幸あれ!」

アンネは真っ青だった。


 次の人、また次の人と呼ばれるが反応なし。シャルロッテの番がやってきた。

「次!」

シャルロッテは期待と不安に胸を膨らませながら、手をかざした。

他の子のように触れようと指先を伸ばす。熱を感じた気がした。その石は触れる前に、氷のような青い光を放つ。

__熱い!


シャルロッテはあわてて手を引っ込めた。彼女の栗色の髪が風もなくふわりとゆれた。なんだろう。一瞬視線を感じた気がする。祭者さまだろうか。

シャルロッテが目を向けると、彼はハッとしたようにアンネの時と同じ言葉を続けた。


「適正あり。汝に幸あれ!」


「シャル…ッテ…ひ……みが」

涙目の母親が何か言っている。

何? お母さん、なあに?__




 __朝だ。久しぶりに懐かしい夢を見た。シャルロッテはまだぼーっとする頭を振った。こんなことをしている場合じゃない。今日は初めての召喚の儀だ! 


顔を洗って、ふわりとうねる栗色の髪をまとめる。鏡を覗くと、アイスブルー(・・・・・・)の瞳はまだ眠そうにこちらを見ている。


 シャルロッテは、魔導学園の高等部一年生である。村にいた頃は知らなかったが、召喚士は魔道士の一部であり、使い魔と契約を交わしたもののことを言う。中等部になると、魔術と魔導具をメインに使う魔術師と使い魔を持つ召喚士で専攻が分かれる。


 魔導学園においては、初等部、中等部、高等部が存在し、高等部を優秀な成績で卒業できれば、王国に士官することも夢ではなかった。それが出来なくても、冒険者ギルドに所属して、召喚士として活動できるのだ。村に生まれた子にとっては間違いなく出世だった。


決め事はふたつ。家族を離れて寮に入ること、貴族と見まごうほどのマナーを身につけること。


帰るという選択肢はなかった。アンネは泣いていたし、シャルロッテも泣きたかった。それくらいマナーのレッスンはきつかった。しかし、初等部の寮は固く施錠され、外界との接触は絶たれていた。


そんな生活を何年も送ってしまえば、もう帰るに帰れなくなっていた。召喚士になる。それだけが今は、シャルロッテの心の支えだった。


 教室に着くとラインハルトが大きな声で取り巻きと話しているのが聞こえてきた。この学園は貴族と平民の区別なく平等に学びの機会が与えられる。しかし、やはり差別は残っていて、貴族出身は貴族と、平民出身は平民とつるんでいるのが現状だった。


「おはようシャルロッテ」


「おはようアンネ、どうしたの?」

彼女は困ったような顔をしている。


「緊張しちゃって」

「大丈夫よ。アンネは優しいもの。きっと素敵な召喚獣が来てくれるわ」


シャルロッテは励ますように声をかけた。緊張で、笑顔がぎこちなくなってしまった気がする。


「シャルロッテも緊張しているの?」

「当たり前じゃない」


緊張しまくりよ。と返した。魔術の初歩的な授業は初等部から始まっていた。中等部では召喚士の心得や魔文字と呼ばれる古語を学んだ。シャルロッテは、負けず嫌いだったし、真面目に努力し続けた結果、今のところ実技も筆記も1、2を争っていた。


先生が入ってくると、クラスはいつもと違い、しんと静まり返った。痩身にメガネをかけた、いかにも学者といったラルム先生は、にこやかに皆を見渡した。


「おはようございます。今日は待ちに待っている人もいるでしょう。召喚の方法を教えます。一度しか魔法陣を書かないので、きちんとノートを取るように」


先生の骨ばった指がチョークで不可思議な模様を描いていく。円形を組み合わせたしかしシンプルなそれは文字がない。


「先生」

書き終わったのを見て、ラインハルトが手あげる。

「はい。何かな」

「魔文字が見当たらないのですが……」


授業で魔法陣には魔文字という古の文字を書くと習った。


「いいところに気づきましたね。本番ではこの円の周囲に呼び出したい者の種族名を書き、強く願うことで召喚が成立します」


「書かなかった場合はどうなるのですか?」

今度はシャルロッテが挙手をする。


「それもいい質問です。書かなかった場合はですね。文献によると、古来は召喚士などどいう特別な職業はなく、誰もが一生を共にするパートナーを呼びよせるために魔文字のない魔法陣が使われていたそうです」


「一生を共に、ですか」

「ええ。当時は人を襲う魔のものも多くいたそうですし、護身のために用いられていたと」


「皆さんは、召喚士になるのですから、召喚が成立する条件を覚えていてくださいね」

ラルム先生は黒板に妖精族、魔族と書いた。


「人と魔の大陸が分かたれてから千年はたったと言われています。初めは人と魔物と動物だった種族は細分化し、魔素から生まれた妖精族、魔物の中で、魔物を喰らいさらに力をつけた魔族が生まれました。契約ができるのは、妖精族と魔物です」


別の生徒が挙手をした。

「なぜ魔物と契約ができるのですか?」

「それは、魔物も狩られる存在だからです。人間も強い魔物、魔族も魔物を狩ります。召喚獣になれば、そんなことは起きませんから」


「さあこの辺で、まずはやってみますね。今日は、フェアリーを呼んでみましょう」


ラルム先生が黒板に魔文字を書き、手のひらを中央に重ねると、白い光の玉が出てきた。

それはふよふよと先生の周りを飛び回っている。


「ありがとう、フェアリー。さあ、帰りたまえ」

言うと光の玉はスッと消えてしまった。


「私はすでに両手両足の数、召喚獣と契約をしていますので、契約はできませんが、このように呼び出すことが出来ます」


「大事なのは自分をしっかり持つこと、見失わないこと、主導権を奪われないことです」


ざわざわとクラスがざわついている。シャルロッテも初めて目の当たりにした光景に目が離せなくなっていた。


ラルム先生はにこにこと微笑んでこう言った。


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