ゴミ箱と
人類が消え去った廃墟をカタツムリが歩く物語。
1行の文字数を意識して書いてみたら、思った以上に読みにくくなってしまいました……(等幅フォントにすると、右端がきれいに揃います)。
諸行無常感と時間の流れを描く物語を2000字ぴったりで、どうぞお楽しみください。
何かが路地裏の汚れたゴミ箱からぬめっと這い出てきた
かつて大きかったビルの隙間に月の光が差し込んでくる
光源に向け眼をのばしじっと見ているのは一匹の蝸牛だ
蝸牛は体をうねらせてのそのそとゴミ箱の外に出てきた
ゴミ箱のある細長い路地裏には雑草が生えはじめていた
雑草が生えているなんて蝸牛には当たり前のことだった
ゴミ箱から這い出た蝸牛は大通りの方へと進んでいった
蝸牛が進んだ跡に残った粘液が月の光でてらてらと光る
まるで蝸牛が光る道を作りながら進んでいるようだった
裏路地は人類であれば数秒の道でも蝸牛にはとても長い
ゆっくりゆっくり時間をかけ路地裏から大通りへと出た
おそろしいほど深い夜はまだまだ始まったばかりだった
大通りは月からこぼれ落ちた光で一面が満たされていた
雲ひとつ無くいつまでも月を見続けられそうな空だった
大通りの左右にはどこまでも廃墟ビルが立ち並んでいる
人類は既に居なくなり音一つ無い虚無で静かな街並みだ
大通りのアスファルトにもところどころ草が生えていた
その大通りを横切るように一匹の蝸牛はゆっくりと進む
淡い月の光の中をゆらゆら長い影が大通りを進んで行く
アスファルトの凸凹は蝸牛にとって進みにくい道だった
腹部を波打たせて進もうとするが思うようには行かない
道を曲げ路地裏に戻ろうともしたが逆に迷ってしまった
とにかくどこかへ向かってただ進み続けるしかなかった
道も目的も指針もゴールも何一つ無い長い長い旅だった
ふらふら進み大通りを横切るとそこには空き地があった
高いビルとビルの間にぽっかり空いた隙間のような土地
人類が居た頃には大きく繁盛した百貨店がここにあった
老朽化で取り壊されたが同じビルを再建するはずだった
だが情勢というものはいつだって変化し続けるのである
また建て直そうにも人類がこの地を捨ててしまったのだ
空き地には建築資材がある以外に人類の痕跡は無かった
地面は整備されておらず雑草がところ狭しと生えている
その空き地の中を草をかき分けるようにして蝸牛は進む
空き地の中央に月の光に照らされたゴミ箱が倒れていた
蝸牛はゴミ箱に入って食べられる物が無いか探し始めた
ゴミ箱の中は砂ばかりだが蝸牛の食べられる物は有った
腹を満たせたのでゴミ箱から出て空き地を徘徊し始める
目的もなくどこかへ進んでいると空き地の端に到達した
そこは高いビルがあり一階部分はコンビニとなっていた
既に商品が風化してしまったコンビニの中を蝸牛は進む
コンビニを横切ったところには金属製のゴミ箱があった
蝸牛は大きなゴミ箱の側面を登りその中へ入っていった
ゴミ箱に入った途端バサバサと羽ばたくような音がした
真っ黒な烏が飛んできてゴミ箱の蓋の上に鉤爪を立てた
蝸牛はゴミ箱に張り付いたままのっそり殻に閉じこもる
底なし沼のように黒い烏の瞳に丸い満月と蝸牛が浮かぶ
烏はゴミ箱の上で翼を広げ鳴くが蝸牛は何も反応しない
烏はチラチラとまわりを見た後どこかへと飛んで行った
蝸牛が首を出したときちょうど真上で満月が輝いていた
満月を見上げると全てが吸い込まれていくように感じた
この終わりの見えない時間が止まったかのように思えた
蝸牛はそそくさとゴミ箱から出てビルの壁を登り始めた
周囲で一番高いビルの屋上へ向け一心不乱に登り続ける
あきらめて途中で折り返したい背中の殻を投げ捨てたい
何も考えずこのまま壁から離れて地面に叩き潰されたい
そんな気持ちが生まれたりもしたが抑えつけ登り続けた
ついには屋上に辿り着き蝸牛はそこから世界を見渡した
暗黒の世界の上空にぽつんと丸い満月が永遠の光を放つ
そこに、ゴミ箱は無かった
突如地球の地軸が急速に傾きだしたのが数百年前の話だ
南極の氷が全て溶けて赤道直下の街が永久凍土となった
人類は余りに急速すぎる環境の変化に対応できなかった
人類は地下や宇宙へと移住し地球の上には廃墟が残った
大きく地軸が傾くと昼と夜の時間が変動する場合がある
この周辺は太陽が数千時間沈み続ける世界となっていた
それはいつ明けるかわからない無限のような闇の世界だ
月明かりだけの闇の世界でいくつもの命が消え生まれた
そして変化した
ゆっくりとビルから降りてくると周りのものが小さく見えた
空を飛ぶ烏がひどく劣った生物のように見えた
人類の痕跡が目指すべきゴールだと感じた
変わらない世界が、全く違う世界へと変わった
まるで変化した昼夜の時間は自分に合わせて作られたようだった
蝸牛はゴミ箱に背を向け、進む
いつのまにか満月は地平線に沈みかけていた
朝が見えてきたようだ……