メールと
音信不通な彼氏に久々に会うと、彼氏は腑抜けになっていた。
救いのない破局の物語を2000字ぴったりで、どうぞお楽しみください。
夜遅くに短いメールが来た。
『きて こわれる』
彼氏からのメールだった。
最後に彼と連絡をとったのはもう1ヶ月前。
それから何度かメールを送ったけど返信が来なかったから、すでに自然消滅してるものだと思っていた。
そんな彼からの不穏なメール、無視できるはずがない。
私は彼の住むアパートに向けて自転車をこぎ出した。
まんまるな満月の浮かぶ夜だった。
彼のメールはいつも長文だった。
そんな彼がこんなに短いメールを送るだなんて、どうしたのだろうか。
要件だけ、タイトルもない小ぢんまりとしたメール。
彼らしくない。
何が壊れるのだろう。
何が彼の身にあったんだろう。
不安に思いながら自転車を漕ぎ続ける。
考えていたらすぐに彼のアパートの前に着いた。
彼の部屋の玄関でインターホンを鳴らしたが、返事がない。
着いたことをメールで知らせても返事がない。
部屋にいないのだろうか、と思いながら玄関を開けると鍵がかかっていなかった。
玄関の奥は真っ暗。
電気をつけていないようだ。
私はおそるおそる、彼の部屋に踏み入れた。
彼の部屋は異常なほど散らかっていた。
カップ麺や弁当のガラが玄関に転がり、玄関近くのユニットバスの中にもゴミが散乱しているようだ。
カビや生ゴミの混じった臭いがうっすら漂う。
部屋の奥がどうなってるかまでは暗くて見えないので、照明のスイッチを押してみる。
電気がつかない。
カチカチ押したが、電気が止められているようだ。
私はスマホのライトをつけ、奥に向かって歩いた。
彼の部屋はワンルームになっているのでそこに彼は居るはずだが……
スマホを振って部屋中を見渡すと、彼が部屋の隅に毛布に丸まっているのが見えた。
何かに怯えるように、壁を向いて震えている。
私が来たことにも気づいていないかのようだ。
「どうしたの?」
声をかけても返事がない。
こんなときはどうしたらいいのだろう。
彼に手を差し伸べたら良いのだろうか、彼を抱きしめでもしたら良いのだろうか。
腰に手を当てて彼の反応を待つが、彼は壁を見つめ微動だにしない。
私のほうがしびれを切らしてしまった。
「私に何か出来ることはある?」
ふと、かすかに彼の泣いているような声が聞こえた。
聞き取るために少し近づく。
「言いたいことがあるなら、ハッキリ言って」
彼のすぐ近くで穏やかに話しかける。
すると彼は私の横をすり抜け、ゴミを踏みながら別の隅へと移動した。
まるで私をさけているようだ。
私はひとまずカーテンを開けた。
暗闇に満月の光が流れ込んできた。
だが彼は毛布にくるまったまま。
らちが明かない、と思った私は彼の毛布を引っ張った。
彼は初めは抵抗したが、すぐに毛布を放した。
「どうにかしてほしいからメールしたんでしょ。壊れるって何なの!」
私は少し怒りを込めて言った。
彼はうつむいたまま何かをつぶやいていた。
聞き取ろうと近づく。
すると突然、彼は両手を広げ襲い掛かってきた。
不意をつかれ、私は後ろに倒れてしまった。
彼が馬乗りになる。
私はとっさに抵抗しようとしたが、やめた。
抵抗せず彼を受け入れようとした。
だが彼は馬乗りになったあと何もせず、興ざめた顔で部屋の隅へと歩いていった。
私は起き上がり怯える彼を見つめた。
彼はどうやら私を拒絶している。
そうとしか思えなくなってきた。
私に何ができるの?
何をしたらいいの?
何をしてほしいの?
分からない。
その場に座り込むしかなかった。
「何なの。話してくれないと分からないでしょ」
無言。
涙が出て来そうになった。
一緒に泣けば心を開いてくれるのだろうか。
「お願い」
私は彼に近づき、彼の背中にもたれかかった。
彼の震えがじかに私に伝わってくる。
携帯にメールが来た。
送信元は彼だった。
『もういい かえって』
彼の冷たい文面を見て、私の背筋に悪寒が走った。
急いで返信メールを書く。
『帰らない。ちゃんと説明して。私に出来ることは何でもするから。』
勢いで何でもすると書いたが、何をさせられるか少し不安だった。
指が一瞬止まったが、私はこのままメールを送信した。
いいさ、何でもしてやるさ。
私は心構えをした。
しばらくして返信が届いた。
『きみはちがう』
私の心配や不安が、一瞬にして怒りに変わった。
私は即座に彼の毛布を剥ぎ取り、むりやり彼の胸倉を掴んだ。
彼は空ろな顔をして、目を逸らした。
「私の目を見て。ちゃんと答えて」
知らず知らずのうちに声が大きくなった。
彼は目をそらしたまま、動かなかった。
私は彼の頬に平手打ちをした。
私の手に痕が残りそうなほど強く。
それでも彼は放心したままだった。
私は彼を放し毛布を投げつけた。
彼を一目も見ず、私は部屋を去った。
彼がすすり泣きながらごめん、ごめんと言っている声がかすかに聞こえたが、振り向きもしなかった。
彼のアパートを出たら夜の寒さが身にしみた。
来る時は感じなかった寒さだった。
夜も深まり満月の明かりも強くなってきた。
道から湧き上がる冷気を巻き上げながら自転車を飛ばし、自分の家へ帰った。