宇宙船と
火星探査船が、その帰り道で事故に遭遇してしまうSFストーリー。
ドキュメンタリーと小説を足して2で割ったような雰囲気を2000字ぴったりで、どうぞお楽しみください。
「タンクに穴が開いた!」
「エネルギーが足りない!」
嘘だと言ってくれと、みんな心で叫んだ。
こんなことって……。
火星への有人探査国際プロジェクトが開始されたのはおよそ2年前のことだ。
世界中から候補が集められ、そのなかから6名の候補が選出された。
メンバー6人は国籍も人種も性別も様々だが、全員が『宇宙が好き』という共通点があった。
過酷な訓練や勉強に耐えいくつもの試験を全員が乗り越えられたのも、その夢のための強い気持ちのおかげだ。
メンバーは共に励み、お互いに強い絆で結ばれていた。
6人で乗る世界初の有人火星探査機。
発射直前の抑えがたい緊張感と高揚感。
最新型ロケットの体験したことの無いG。
大気圏を突破した後に突如訪れる無重力。
まずいと言いながらみんなで食べた宇宙食。
窓の外に火星の赤い大地が見えた時の喜び。
そして、火星への人類の第一歩を刻んだ瞬間……。
火星に滞在する期間は3日間。
その間に簡易居住プラントの設置とその動作検証を始めとした、様々な実験を行った。
目視による火星表面の調査、観測支援のための反射器の設置、水分確保手段の確認、植物の育成実験……。
地球で反復した練習のとおりに、数々の実験をこなした。
この3日間は6人にとって人生で最も濃密な時間だった。
多くの実験も全て終了させることが出来、帰還用ロケットに移り火星の大地に別れを告げた。
6人で分かち合った時間は地球への最大の土産であり、一生の宝物だった。
火星への有人探査は大きな問題もなく成功に終わるはずだった。
この時は思いもしなかった。
火星から遠く離れ地球がハッキリと見え始めたあたりで、突如計器が異常を警告し始めた。
なぜか燃料がどんどん減っている。
すぐに宇宙服を着て船外調査を開始したところ、燃料タンクに穴があいていた。
宇宙を高速で漂う小石が直撃したとしか考えられない。
糸を投げて針穴に通すような確率。
サイコロを50回投げて毎回6が出るような確率。
発生する確率があまりに低いため想定していなかった事故が起きたのだ。
すぐさま応急処置をしたが、地球に帰還するには燃料が明らかに足りなかった。
『帰れない。』
心の中にその言葉が浮かぶ。
まだ家族と話をしたかった。
友達ともう一杯酌み交わしたかった。
「月だ。月なら不時着できるかもしれない」
メンバーの一人が叫んだ。
すぐさま地上の司令部に連絡する。
「危険だが、挑戦する価値はある」
司令部の試算によると成功確率は50%程度。
誰もいない何も無い月だが、重力は地球の六分の一程度で大気も無い。
着陸するリスクは高いが、しないよりはマシだ。
メンバー全員にやる気が出てきた。
船の進路を月へと変える。
残ったエネルギー、現在の速度や向き、着陸艇の強度、現在の月との距離。
あらゆるデータを地球に送り、何度も計算を行う。
いける。
司令部からその指示が届いたときだった。
爆音とともに機体が突如大きく揺れた。
すぐさま計器を見渡す。
どうやら漏れた燃料が推進装置の内側に入り込み爆発したようだ。
レーダーに映っていた月が徐々にそれていく。
今の衝撃で向きが変わった。
推進装置も使えない。
データを再度計算し直すが、到底月には着きそうにない……。
一縷の望みが消えたことで全員がパニックに陥り始めた。
しかし予想外の事故、不運な偶然。
誰かを責めることは出来ない。
メンバーの中で恐怖がぐるぐると回る。
フフ、ハハハ。
船内に高笑いが響いた。
一瞬、誰もが止まった。
メンバーのうちの一人が狂ったかのように高笑いを始めたのだ。
そして笑いながら船外調査用のハッチから外へ出て行った。
誰もがただ呆然とその光景を見ているだけだった。
そいつはメンバーで一番頭が良く、強い精神力と勇気、そして寛容な心を持った、みんなに慕われている技師だった。
そいつが誰よりも早く狂いだし、船を捨て飛び出して行ったのだ。
残った5人は絶望した。
あいつですら狂ったのか。
もう助かる方法は無いんだ。
しかし一人が狂うことで、逆に冷静さを取り戻しはじめていた。
一人が大きな声をあげた。
「みんなよく聞いてくれ。死ぬのは怖い。オレもだ。
だが同じ『死』だとしても、オレはああならずに死にたい。
オレたちの名は未来永劫、人類史に刻まれるんだから」
その演説に他の4人は歓声を上げた。
もう悪あがきはよそう。
船に残った食料で宴会でもあげようか。
自分たちに訪れた不運を笑い飛ばそう。
そう心に描いたときだ。
鈍い衝撃が機体に走った。
計器を見ると、船の向きが変わっていた。
再度軌道を計算すると、月に到着するコースになっていた。
エネルギーの残量はちょうど着陸可能な量。
全て誰かに計算されたかのように……。
飛び出して行った奴が最後に座っていた座席に、一つの手紙が残されていたのを見つけた。
「馬鹿野郎め」
深い悲しみと追悼の念をこめて、みんな小さく呟いた。
火星探査ロケットは無事月に着陸した。
地球へ救援の電波を送る。
あいつの遺書と共に。